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白髪の柴犬

これはTwitterで知り合った中村さんから聞いた話だ。中村さんが中学生だった頃、日頃の成績の悪さが原因で母親にこっ酷く叱られた。気づけば高校進学も危うくなり、行きたくもない塾へ通わされることになった。けれど途中で悪友達も塾通いに加わり、「塾も悪くないな」そんな気持ちで日々を楽しんでいた。

学校が終わり、自宅へ帰る。少しだけ休憩して、夕方に塾へ向かう。塾が終わる頃には日も沈み、あたりは真っ暗だ。

友人達とは家の方向は真逆で、いつも一人寂しい帰り道。友人達の笑い声に後ろ髪を引かれ、中村さんは毎回、自転車を漕いでいた。
自転車のため、帰宅にはそれほど時間がかからない。けれど暗い夜道を一人で帰るのはとても心細かったそうだ。

ある日の塾帰り、彼はいつものように自転車を漕いでいた。目の前には寂しく隅に立つ、街灯がある。その街灯の下に一匹の柴犬がいるのに気づいた。「野犬か迷い犬か?」動物好きの中村さんは、思わず犬に向け、声をかけた。あわよくば撫でたい。そんな気持ちが声に出た。

しかし近づいた瞬間、その柴犬が何か別の雰囲気をまとっていることに気付いた。自転車を止め、顔を見るため、前に回り込む。その柴犬を見ると思わず声をあげた。柴犬と思っていたその頭には、鼻先がない。いや頭さえもなかった。代わりに白髪混じりの長い頭髪らしきものが生えていた異形な形をしている。

そして、その塊がこちらに気づいた瞬間、「うおっ!!」と中年の男のような野太い声を出し、ピョンと高く飛び上がった。

犬の鳴き声とは全く違う。人間の声帯から発せられる野太い声。それを聞いた中村さんは全身に痺れるような寒気を感た。腰が抜けそうになるのを堪え、自転車にまたがった。そして無我夢中に自宅へ向け、ペダルを漕いだそうだ。

自宅に戻り、家族に先程の話をしたが「夜遊びしたんだろ!」と叱られ、相手にされなかった。翌日、友人達に帰り道に見た、異形の犬の話をすると「人面犬の亜種では」と盛り上がった。それからは塾の帰りに、皆で人面犬探しをしたそうだ。

寂しい帰り道が、賑やかな青春に変わった。
今ではあの人面犬に感謝している。
中村さんは笑って話した。

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