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オニヤンマに襲われた日


小学生の時、夏休みで新潟の祖母の家に遊びに行った。山の中腹にある茅葺きの大きな家だった。隣接する森からセミの鳴き声がけたたましく響いている。

私は部屋の隅で扇風機を回していた。中央のフレームに穴が開いており、指先でその旋回を抑えることができた。特にやることもなく、退屈な夏休みを扇風機の羽を止めることでやり過ごしていた。

そんな時だった。天井を見上げると、大きなトンボが飛んでいた。オニヤンマだった。オニヤンマが家の中を勢いよく旋回していたのだ。

私は興奮して立ち上がり、トンボが飛んでいく様子を眺めた。そして壁に止まるタイミングを待った。30分ぐらいかかっただろうか。柱につかまったオニヤンマをとらえることができた。

以前に、赤トンボを捕まえたことがあったが、オニヤンマは初めてだった。大きな緑色の目でこちらを見ている。体をくねらせながら、イラついている。

私はわらしべ長者のように、オニヤンマに糸をつけて遊ぼうと思った。裁縫道具から糸を取り出してその黒と黄色の尻尾に結び付けた。

指を離すと、オニヤンマは勢いよく飛び上がった。私は得意になった。昼寝をしていた父親に見せびらかしてやりたかった。

「ほら、ほら、オニヤンマ捕まえたんだよ」私は得意になって声を上げた。上空を勢いよく飛行するのを目で追いながら、私は持っていた糸を引っ張った。

すると、オニヤンマは急に向きを変えて、私を襲ってきた。オデコの辺りを激しく噛みついてきたのだ。痛みを感じた。だが、信じられなかった。何かの間違いかと思った。

もう一度糸を引いてみると、やはり私に向かって攻撃をしてきた。払おうとする手に噛みついてきたのだ。トンボが怒っているのだ。

私は恐ろしくなって糸を離し、広い部屋の中を逃げ回った。途中から様子を見ていた従姉に「虫をイジメちゃだめよ」と言われたが、それどころではなかった。逃げるのに必死だった。オニヤンマが相当に怒っている。怒っているのが分かるのだ。

私は恐ろしくて、ただ、ただ、トンボとの関係を断ちたいと思った。だが、どうすればよいのか分からない。せめて、糸をはずしてやろうと思ったが、糸をつかむたびに噛みつかれてしまう。私は頭を低くして部屋の中をひたすら逃げ回った。

私は疲れ果てて、部屋の中央にある網戸を大きく開けた。そして扇風機の脇に隠れて、辺りを見回した。トンボは部屋の中を勢いよく旋回している。だが、しばらくすると、開けた網戸の隙間から外へ飛び出していってくれた。

私は救われた。身の危険から解放されたのだ。手の甲に少し痛みがあり、よい戒めだと自覚をした。噛みつくのが得意なオニヤンマは自然の世界へ還っていったのだ。明るい青空へ向かって勢いよく飛んで行ったのだ。長い糸を垂らしながら・・・


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