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芋づる読書日記 記憶の中の正月〜向田邦子、幸田文、佐々木邦〜


正月になると読みたくなる随筆ふたつ。

『お正月と聞いただけでため息が出る』
向田邦子 「お軽勘平」(「父の詫び状」収録)

『正月というものを、私はちいさいときから楽しいものとばかりは
 受け取っていなかった』
幸田文 「正月記」(「父・こんなこと」収録)


子供の頃、元旦の朝は、他の日とは くっきりと違っていた。
昨日までの雑然とした空気が除夜の鐘と共に全て消えて
まっさらな陽が登る。
昨日の続きではない、今朝。
年があらたまる。
コンビニもスーパーマーケットもファミレスもなかった街は何処も扉を閉ざして 
しん、と静まり返っていた。
いつものリビングではなく、座敷で、きちんと手をついて両親に新年の挨拶をする。
年長者から順繰りにお屠蘇をいただく。
変にくすぐったくて、緊張する。
炬燵も暖房もない、石油ストーブだけの寒い部屋だった。


厳しい父の様子に、警戒警報下のような空気だったという幸田家。
寒くて来客が多くて気忙しかったという向田家。
どちらも戦前の話だが、私の記憶の中の正月に重なる所が多い。

午後になり次々に年始のお客様がやってくると
割烹着をつけた母は、お節を取り分けたり
大皿にお煮しめを盛り付けたり大車輪となる。

まあまあ、ちょっと火に当たってって。どうぞどうぞ。
玄関口で帰るというお客様を引き留める父を恨めしげに睨みつつ、
子供たちがお燗つけに、料理のお運びにバタバタするのも
お二人の随筆に懐かしく重なる。

私にとっても、正月は楽しいだけのものではなかった。
年末の疲労が溜まって年明けから風邪っぴきになる母に
うんざりした年もあったし、
親戚の家への年始挨拶は酔っ払って長っ尻になる父を連れて帰るのが一苦労で
もらったばかりのお年玉袋からタクシー代を引っ張り出すこともあった。



日本を離れ、歳を取った今はみんな懐かしい。
姉達とLINEであーだった、こうだったと騒ぎつつ
今年も、この2冊を読み返してみる。


どちらも父に纏わる思い出の数々を綴った名随筆集。
父親と娘の関係が何とも良い。


オマケ。

日本のユーモア小説の草分けと言われる佐々木邦の「一年の計」

何度目かの禁酒を試みる主人公の、年末年始の顛末。
登場人物の落語みたいなやり取りが可笑しい。

青空文庫で読める極々短編なので、初笑いに是非ご一読を。


今年もどうぞよろしくお願いいたします。









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