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57.目の前に現れた豪邸とピカピカのベンツ


僕と妻は東京23区の、そこそこの地域に住んでいます。
予め申し上げておくと、自慢話を始める気は一切ございません。

むしろその逆です。

ほとんど1人暮らし用の賃貸マンションに、無理やり2人で住んでいるのが現状です。
会社へのアクセスのみを重視した結果です。
会社に近くて、大きくて広い家、なんて贅沢はとてもじゃないですが言えませんでした。
僕たちの家は、賑やかな駅から少し外れた、閑静な住宅街にあります。
昔から住んでいるであろう、築年数の古い一軒家が立ち並ぶ住宅街です。


マンションの玄関を出て、細い道路を挟んだところにひと際古い一軒家がありました。


一年ほど前でしょうか。


その古い一軒家が壊されて、綺麗な更地になりました。
家が壊されて初めて、随分と広い土地だったんだと知りました。
我が家の日当たりと、ベランダからの見晴らしがとても良くなり、僕も妻も喜びました。
しばらくの間、その更地は野良猫の遊び場となっていました。
妻は猫が好きなので、可愛い猫たちがじゃれ合っている様子を見て、更に喜んでいました。


壊されたのだから、そのうち何か新しい建物が建つのだろう。
僕も妻もそんなことは重々承知していました。
それから少し経ったころ、案の定、建築工事の案内がポストに投函されました。


平日と土曜日に作業を行うので、騒音が聞こえるかもしれない、といった旨が記載されていました。
ほどなくして地鎮祭が行われ、建築作業が始まりました。
始まってしまえば、みるみるうちに作業が進んでいきます。
時々騒音が気になった程度で、こちらの生活に特に不都合はありませんでした。
骨組みが完成した時、あまりの大きさに驚いたのを覚えています。

「一軒家にしては大きいよね。」
「戸数の少ないマンションかもね。」


なんて会話を妻としていたほどです。
最近ようやく、工事が終わり、建物が完成しました。
結論から言うと、マンションではなく一軒家でした。

玄関が二つあるので、二世帯住宅なのでしょう。
しかし二世帯住宅にしても大き過ぎます。
我が家の目の前に、三階建ての住宅展示場にあるような立派で現代的な家が建ったのです。
二階の窓なんかは床から天井まであるタイプの、さながらタワーマンションのような窓でした。

悪者はどこにもいませんが、完成された家を見て、僕と妻は大きくため息をつきました。
突然目の前に「格差」を突き付けられた気がしたからです。
やがて感じの良さそうなおじさんとおばさんがその家に引っ越してきました。
家の前にはピカピカに磨かれた黒のベンツが停まりました。

いまだにこの風景に慣れず、寝ぼけた頭で出社しようとすると、玄関を出た瞬間に「うわっ」と思ってしまいます。

僕だけかと思っていたのですが、違いました。
早めに出社した妻を見送ったとき、玄関を開けた瞬間に目の前の「格差」「うわっ!」と声に出して驚いていました。
そのうち慣れるのでしょうが、心の中にモヤモヤが広がりました。
僕たちは突然突き付けられた「格差」「嫉妬」してしまっているのか、、、?


そう思ったのは束の間でした。


僕が抱いた感情が、僕の知っている「嫉妬」ほどドロドロとしたものではないと気が付いたのです。
では、この感情は何なのか。


少し考えてみました。


少し考えると、頭が整理されていきました。
確かに建てられた新築の戸建ては豪邸で、ピカピカの黒ベンツは明らかな高級車です。
誰がどう見てもお金持ちの家です。
ただし、それらに憧れるかどうかは別の問題です。

あくまで個人の意見ですが、新築の豪邸は、決して僕の趣味ではありませんでした。
大きな家には住みたいけれど、このタイプの家に大金を払って住み続けたいか、と考えると首を横に振ってしまうかもしれません。

二階にあるさながらタワーマンションのような開放的な窓も、タワーマンションの高層階にあればさぞ良い眺めなのでしょうが、現実はそうではありません。
大きくて開放的な窓は、我が家のベランダとバッチリと向かい合ってしまっているのです。
せっかくの大きな窓から辺りを見回してみても、我が家のベランダが見えるだけ。
タイミングが悪ければ僕とバッチリと目が合い、お互い気まずい思いでカーテンを閉めるだけです。
案の定、豪邸の大きな窓に吊るされたカーテンが開かれたところを見たことがありません。

ピカピカの黒いベンツはどうでしょう。

もちろん車が好きの方が見れば、魅力的に見えるかもしれません。
しかし僕も妻も生粋のペーパードライバーです。
僕に至っては、一般的に男が好きとされる車や時計にほとんど興味がありません。
何なら赤ちゃんの頃からトミカに類するミニカーではしゃいだこともありません。


つまり、「豪邸」「高級車」も羨ましくはないのです。
羨ましくないことに、僕はたぶん、嫉妬しません。


では、心に抱いたモヤモヤは何なのか。


突然目の前に現れた豪邸とピカピカの黒いベンツ。
築25年ほどの小さなマンション、駐車場無し。
小さな道を挟んで向かい合った二つの家。
この構図で生まれるのは、単純比較による「勝者」「敗者」です。
もちろん「勝者」は豪邸、「敗者」は僕たちの家です。

勝負した覚えはないけれど、完全に負けてしまったのです。
告白もしていないのに、振られたような感覚です。

それも好きでもない異性に。

きっと僕らの家は今後数十年は向かい合い続けるのでしょう。
僕たちは毎日家を出るたび、告白もしていないのに、好きでもない異性に振られたような感覚を味わうのです。

そりゃあ、そのうち慣れるでしょうが、モヤモヤはモヤモヤのままです。

自意識過剰でしょうか。

いいえ住まいは人生を快適に過ごすうえでの重要な要素の一つです。
今年の11月に賃貸更新の時期を迎えます。

ああ早く引っ越したい。

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