77.にらめっこの、その先で

先日、妻とにらめっこをしました。


はっきりと数えていないのですが、僕がおおよそ30連勝くらいしたときに、妻は泣きました。
30回連続で笑いを堪えきれず噴き出していた妻が、堰を切ったように泣いたのです。
ベッドに横たわり、手足をジタバタと動かし、さながら赤ん坊のように暴れて、涙したのです。


 
30回にわたるにらめっこにも紆余曲折がありました。
僕があまりに強く、妻があまりに弱いので、回数を追うごとに制限が入ったのです。
 
10回を過ぎたころでしょうか。
 

「夫ちゃんは、アゴ出すの禁止!」

 
妻が不機嫌そうに言いました。
(アゴを出すのを禁止した程度では、僕の勢いを止めることはできないぜ!)
後に起きる悲劇を他所に、僕は完全に有頂天でした。

 
20回を過ぎたころでしょうか。
 

「夫ちゃんは変な目するの禁止!」

 
妻はやはり不機嫌そうに言いました。
けれど次の瞬間(21回目のにらめっこ)には、僕の「変な顔」に対して子供のような笑顔を浮かべてくれました。
だから、20回を過ぎても僕は「妻が泣いてしまう」という結論を想像できなかったんだと思います。
 
30回に迫ったころでしょうか。

 

「夫ちゃんは、鼻の穴を大きくするの禁止!」

 

妻は伏し目がちに言いました。
(そんなこと言ったら僕が変な顔できないじゃないか!)
今度は僕が少しだけ不機嫌になってしまいました。
 
次の勝負で僕は、「無表情」で立ち向かうわけですが、そこで妻の様子が激変しました。
 

「こんなに面白い顔をしてるのに、どうして笑ってくれないの!!!!」

 
勝負の途中で、とうとう妻が泣いてしまったのです。
 
ハッと我に返りました。

 
なんてことだ…。

 
何かに取りつかれたように、笑いを堪え続けていた僕の表情筋は凝り固まっていました。
 
ぎこちない表情を浮かべながら、僕は妻を優しく抱きしめました。
 
思えば、僕は妻に、ただ笑って欲しくて、一生懸命に変な顔をし続けました。
 
変な顔をすればするほど妻は笑ってくれて、途中、制限が加わってもその状況は変わりませんでした。厳しい制限の中で工夫を凝らしました。不自由の中にある自由を掴めたようで、むしろ快感を覚えながら、僕は妻を笑わせ続けました。
 
 
僕はとうとう、気が付かなかったのです。
 
回数を重ねるごとに、妻にではなく、自分自身にベクトルが向いてしまっていたことに。
 
僕は「妻を笑わせること」にではなく、「次はどんな顔をしてやろうか」という想いに支配されてしまったのです。それは内に内に向かっていくエネルギーでした。僕は確かに変化していた妻の表情の陰りに最後まで気が付けませんでした。
 
 
少し考えればわかることでした。
 
 
僕が妻に、ただ笑って欲しい、と強く想っていたように、
妻も僕に、ただ笑って欲しい、と強く想っていたのです。

 

僕は妻が泣き止むまで、静かに抱きました。
 
あの日から、僕と妻はにらめっこをしていません。
にらめっこ。やりすぎ危険です。
 
 
ステイホーム。
家での過ごし方も、節度を守りましょう。

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