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予想どおりに不合理


行動経済学といえばの『予想どおりに不合理』を読んだので、僕なりにおもしろかったところ、これ重要そうだなと思った用語、その他モロモロをテンポ悪く紹介していきます。もののけ姫のモロについては紹介できませんので、ご了承ください。そのかわり、ある少年のコメントを書き残しておきました。だれかのノートを覗いている感覚でちょうどいいと思います。では、本日はよろしくお願い致します。ご清聴ありがとうございました。では、はじめます。

ちなみに上の動画は関係があるかもしれませんし、その逆の逆かもしれません。



❶「恣意の一貫性」

アンカリング

たとえ最初の価格が恣意的でも、それが一旦、意識に定着すると、現在の価格&未来の価格まで決定づけられる(=一貫性)。

例)スターバックスの成功
価格ではなく雰囲気の点で、他のコーヒーショップとは一線を画する店にすることに力を注いだ。
初期の店は、炒りたての豆の香りが立ちこめ、しゃれたコーヒープレスを売り、陳列ケースには見栄えのする軽食を並べ、ショート、トール、グランデ、ベンティのサイズ、マキアート、フラペチーノなどの高貴な名前の飲み物を売った。
入店の経験が他の店とは違ったものになるようにできることをすべてやった。

👉他店とはかけ離れた経験にすることで、スターバックスが用意した新しいアンカーを消費者がすんなり受けいれるように全力を尽くした。


◉ある少年のコメント

ケチ、いや倹約家のぼくの人生におけるスタバ入店経験は片手で数えられるほど。んで、すべてが相手のおごり、という親が赤面して白ごはんが赤飯になっちゃうレベル。
さて、スタバでのぼくの様子を振り返ってみる。
まずメニュー表を見て、高きゅない…⁉︎って叫んで、このカタカナたちは一体何言ってんにょ…⁉︎と困惑する(もちろん心の中で)。そわそわ感がまわりにバレないように空いてる席を探して、なんでこんなところにソファがあんだよ!ってツッコんで、え、ぼくなんかが座っていいの?じゃあ、座っちゃお、ってにんまりする。そして、商品を運んでくる素敵な笑顔を咲かす店員さんに拍手喝采感謝の言葉を伝える、もちろん心の中で。
ストローをぶっ刺し1口……、うん、甘い。2口、3口、うん、うまいとなる。ごくごく飲んでいると、ぼくは俺様に進化している。
俺様は心の中でつぶやく。
「さすがスタバだ、この風味とこの空間、そして綺麗だみんな、いかしてんじゃん俺様たち!」甘々の胃を抱えた俺様は満たされた気分で店を出る。
そしていつのまにやらぼくが帰ってくる。
おかえり。



❷需要と供給の誤謬


伝統的な経済学
=「市場価格は需要と供給の均衡で決まる」
▶︎ふたつの力が独立したものであり、その作用で市場価値が決まるという仮定に大きく依存している。

が、本書で紹介された実験は(恣意の一貫性という概念も)すべてこの仮定に疑問を呈す❗️


①消費者の支払い意思は簡単に操作されてしまう。消費者は品物や経験に対する選好や支払い意思額を自分の思いどおりには制御できていない。

②アンカリングの操作は、実際にはふたつの力が互いに依存していることを示している。
実世界でのアンカリングは、業者の希望小売価格、広告価格、マーケティング、製品の市場投入など、
これらはすべて供給側の変数である。

👉消費者の支払い意思が市場価格を左右しているのではなく、因果関係がやや逆転して、市場価格そのものが消費者の支払い意思を左右しているように見える。
需要は供給と完全に切り離された力ではない。


◉ある少年のコメント

携帯料金が2000円台になって、人々は「安い!安い安い!安い安い安い!やっすぅー!!」となって、日本の安井さんたちが振り向いてばかりの世界になったよね。
でも、よくよく考えれば、今まで当然とされていた料金設定がぶっ壊れていた可能性もある。今までのぼくたちは見事にそのぶっ壊れた料金設定にアンカリングされていたのかもしれない。
とまあ、この例が正しいかはわかんないので思考停止します。ぺこり。



❸直感を合理化するわたしたち

🟠[著者の体験より]
あるとき、車選びのウェブサイトに用意された質問に答えていき、ぴったりな車を選ぼうとした…

が、出てきた車種に満足できず!

➡︎結局、[もどる]ボタンを何度か押し、自分が満足できる車に見合った回答に変更した。
=自分の選択をコンピュータに正当化させた。

👉自分の決断がほんとうは直感からきている場合、
人はときにその決断が合理的に見えるように仕立てたくなる。

・このウェブサイトの役割
△「よりよい決断をするのに役立った」
⭕️「自分の選択を正当化しこれでいいと確信するのに役立った」


◉ある少年のコメント

レビューサイト、まあ食べログ、アマゾンレビューとかを使うのってこれに当てはまる気がするんだよね。
レビューを見るときって、よりよいモノを探したいって自分がいるのはもちろんなんだけど、目を凝らしてよーく自分の姿をみてみると、なんとなくみんながイイね!イイねイイね!って褒め称えているのを確認したいだけの自分がいるような気もするんだよね、そう、自分の直感が合ってるってただ安心したいために。そんな気もするし、そんな気がすることもある。



❹社会規範と市場規範

・社会規範の世界
例)友だち同士の頼み事、報酬なしの手伝い、

・市場規範の世界
例)賃金、賃貸料、利息、費用便益、、、

熱心に働くのは
お金のためより信条のため?


🟠全米退職者協会が複数の弁護士に声をかけ、困窮している退職者の相談に乗ってくれないかと依頼。

①1時間あたり30$程度(低価格)で相談を依頼。
→弁護士たちは断った。

②無報酬で相談を依頼。
→圧倒的多数の弁護士が引き受けた。

➡︎30$より0$の方が魅力的だというのか⁉️

・①で弁護士が断った理由
弁護士たちは、市場規範を適用した。
→市場での収入に比べて提示金額では足りないと判断した(考えのなかに一旦、市場規範が入りこむと社会規範は消えてしまう…)。

・②で弁護士が引き受けた理由
弁護士たちは、社会規範を適用し、進んで自分の時間を割く気になった。

ちなみに、報酬がプレゼントの場合は?
→社会規範の世界にとどまる。
が、プレゼントの値段を口にしてしまった場合には
→市場規範に移る。現金と同じ反応を生む。


◉ある少年のコメント

こういう話をきくと、社会規範最高!ひととひととのつながり最高!ってなっちゃうんだけど、お金ってやつもそれなりに重要な役割を果たしていることも忘れちゃいけないんだよね。そもそも重要な役割を果たしているから、このなが〜〜い激動複雑人間ひとひとぴーぽーぴーぽー社会の歴史を生き残ってきたわけで。
まあ、とにかく言いたいことは、結局バランスが大事って話。つまんないね。



❺無料の力

🟠無料と1セントのキャラメル実験

①キャラメル屋に立ち寄った人数
無料のキャラメル屋>1セントのキャラメル屋

→想像どおり…。

②一人当たりの(購入or持って行く)キャラメルの数
1セントのキャラメル屋>無料のキャラメル屋

→奇妙!
無料なのに、1セント時と比べると、
消費されたキャラメルの総数が減少している!

無料のほうがみんな持って行くのではないのか?
価格が下がれば、需要が上がるというあの有名なグラフ通りの単純な論理ではない
⁉️


[結果が意味するところ]
値段がゼロの時は、より多くの人々にとってより魅力的になるが、同時に他の人々のことをもっと考えたり、気にかけたりするようになり、他者の利益のために自分の欲望を犠牲にするようになる。
やりとりに金銭が絡まない場合、人々はあまり利己追求をせず他者の幸福をより気にはじめる。

☝️皿の上によく余る“最後のひとつ”
共同の皿にのった食べ物=共有資源
なにかが「社会」のものになると、われわれは社会規範の領域にいざなわれ、他者と共有するためのルールに従うようになる。


社会規範は人々に他者の幸福を思い出させ、その結果、利用できる資源に負担をかけすぎない程度まで消費を抑えさせる。
値段がゼロで社会規範が問題になっている時、人々は世界を共同体のものとしてとらえる。
値段を持ちださないことが社会規範をもたらし社会規範があることで私たちは他者のことをもっと気にかけるようになる。

◉ある少年のコメント

これはとてもおもしろい実験だったね。まだほんとうに信じていいかわかんない自分がいるもんね。というか冷静に考えて、人間を使った実験ってめちゃめちゃ難しいと思うんだよな。なにが難しいかって?そうだな、。



❻Eメール中毒

行動主義心理学者のB・F・スキナーより

①定率強化スケジュール
例)100回押すと報酬がもらえる。
  営業10件達成で1000$ボーナス発生。

②変率強化スケジュール
例)適当な回数押すと報酬がもらえる。
  営業何件か達成で1000$ボーナス発生。

▶︎やる気が起こるのはどちらか?


一見、①のほうが成果を予測しやすく、やる気も起こり、やりがいもあると思われる…。

ところがスキナーは、意外にも②のほうがやる気が起こることを発見した。

報酬がなくなった場合、
①はほとんどすぐに働かなくなるが、
②はその後も長いあいだ働き続けた。

=ギャンブルや宝くじの根底にある魔術


これらの楽しみは
いつ報酬がもらえるか予測できないところにある。

☝️メール中毒も同じ
本当に欲しかった情報、重要な情報、いい知らせなど、予期しなかった「餌」が届くことがあまりにも嬉しくてメールをチェックせずにはいられなくなる。私たちは何度も何度もレバーを押して報酬を待ち続けている。

◉ある少年のコメント

たぶん、この報酬ってドーパミンのことだと思うんだけど、ぼくは最近、セロトニン、オキシトシンに注目している。注目しているってなんだか研究者みたいなことを言ってるけど、人間の永遠のテーマ「幸せ!」ってやつについてたまーに寝ころびながら考えるのもすてきなことだよね、もちろん太陽の光を浴びながら。よし、これで研究発表を終わります。



❼高価な所有意識

人間性の中にある三つの不合理

①何かを手にしたとたん(それが偶然でも)、感じはじめる愛着。
②これから手にはいるものより失うものに注目し、失うことに対して抱く強い嫌悪感。
③取引相手が見る視点と自分が見る視点は同じであるという思いこみ。

「仮想の所有意識」
購入前からそれを所有している自分を想像したり、人に褒められる自分を想像したりする。
①ネットオークションで(長ければ長いほど)、仮想の所有意識を強める入札者。
②まだ何も手にしていないのに、広告をみるだけで部分的な所有者になる消費者。
③「おためしパック」で所有意識が湧いてくることも知らずに、結局、加入し続けてしまう消費者。

所有意識は思想にも当てはまる。
何らかの思想の所有権を得ると、大事にしすぎるほど大事にしてほんとうの価値以上に高く評価する。その思想を失うことに耐えきれずなかなか手放せくなる。その結果、残るのはかたくなで柔軟性のないイデオロギーである。


◉ある少年のコメント

サブスクってよくできてるよね。まさかそこにも「所有意識」ってやつが働いてるとはね、困っちゃうよ。まあ、ぼくは倹約家だからサブスクやってないんだけど。
あと、「ほんとうの価値以上に高く評価する」って言ってるけど、これってややこしい問題だと思わないかい?なにがって、ほんとうの価値ってなんだ?ってなるからだよ。自分のたいせつなものをさ、自分以外の大多数の価値基準で決めつけられたりしたらさ、なんだかつらいもんね。



❽予測の効果



あらかじめ味がまずいかもしれないと教えると人々がそれに賛同することになる可能性は高くなる。それは、彼らが経験によってそう実感するからではなく、まずいと予測するからだ。

🟠ペプシとコカ・コーラ、どちらが好き?

①ペプシ社の市場調査結果
「人々はコカ・コーラよりペプシを好む」
②コカ・コーラ社の市場調査結果
「人々はペプシよりコカ・コーラを好む」
→どちらが正しいのか?

👉製品評価方法に違いがあった。

①ペプシ社
ブランドを伏せ、MとQの印をつけたふつうのプラスチックコップで飲んだ時の消費者の好みに基づく。

②コカ・コーラ社
どちらのコーラか知っていて(有名な赤いトレードマーク付きで)飲んだ時の消費者の好みに基づく。


➡︎目隠し味覚テストではペプシがおいしく感じ、
非目隠し(見える)味覚テストではコカ・コーラがおいしく感じるということだろうか?

f MRI装置を使った実験
…どちらを飲んでいるかわかっている場合と、わからない場合にわけて観察した。

[結果]
実験參加者の脳の活動は、飲み物の名前がわかっているかどうかで違っていた。

・共通点
コカ・コーラなりペプシなりが口に流れ込むと、感情的な絆を強く感じることに関わる脳の内側の部分(腹内側前頭前野 VMPFC)が刺激される。

・異なる点
コカ・コーラが口に流れ込んでくるとわかっている場合、脳の前方部分(背外側前頭前野 DLPFC)も活発になる。
※DLPFC=作動記憶、連想、高次認知、高次観念などの人間の高次脳機能に関わる領域。
ペプシでも活発にはなるが、コカ・コーラの方が反応が強かった。

👉この二種類のコーラに含まれる基本的な快楽の要素(砂糖)に対する脳の反応は似ている。
ただ、コカ・コーラがペプシより優位にあるのは、コカ・コーラのブランドが高次の脳機能を活発にするからである。ブランドの連想がコカ・コーラを市場で優位に立たせている。


・脳の前方部分が快楽中枢とどう繋がっているのか?
→快楽中枢から脳の前頭前野に投射し、活性化させるドーパミンの経路がある。
→脳の連想に関わる部分が快楽中枢の活動を促進させた可能性(コカ・コーラの方が連想が強かった)がある。


◉ある少年のコメント

これはなるほどなるほどなるほど丸だよね。たしかに、飲み物の味って、事前に教えられた情報とか、注ぐグラスとか、飲む場所の雰囲気とかによって、おいしさが変わる感じよく経験するもんね。
え、するよね?
まあそれが、なんとなくじゃなくて、しっかり脳の中で生物学的な反応を生んでいるってのがおもしろいんだわな。
日常にあふれる「なんとなく」、このなんとなくをまじめに分析することって結構楽しそうだよね、
じゃ、ばいばい!



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