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ペンギンの徘徊

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2019年8月の記事一覧

二〇一八〇一自(18)

駅に着き、合同説明会の会場に直通で向かう無料バスに乗り換える。けれど、バス乗り場に着くと、バスは一時間待ちでーすという案内者の声が響いていた。雨がっぱのような白いコートを着た案内者は地下鉄で行くことをすすめている。地下鉄でも行こうと思えば行けるけれど、お金がかかり、乗り換えもあり面倒なので僕はそのまま待つことにした。隣に並んでいる人の就活話を聞くのを楽しみにしていた僕もいる。 時折、強い風が学生たちの黒いコートを揺らす。色をもたない風たちは、俺こそが冬の風だと終着点のない言い

二〇一八〇一自(17)

今日は合同企業説明会に行く。このイベントは、開催地が大阪で比較的大きい規模であった。多くの企業が学生にアピールしようと、優秀な学生を惹きつけようとやってくる。学生も、いろいろな企業を知ろうと、またとりあえず行って安心感を得ようと参加する。 僕は、緑が特徴的な二両編成の京阪電車と大津から大阪までたった四十五分で連れて行ってくれるJRを乗り継いでその日の目的地に向かった。 電車に乗り込むと、四人席が空いていたのでその席に座った。ポケットからスマホを取り出し、数分後には脳内から跡形

二〇一八〇一自(16)

夜、外の空気を吸いたくなったのでランニング用の服に着替えて外に出る。外は走ると少し汗をかくぐらいの気温で、リフレッシュには最適であった。湖岸の横にのびるきれいに整備された道を走る。琵琶湖から吹きつける風は、その暖かさと冷たさで湖岸沿いの砂浜や草木を包んでいた。 地上は今にも映画が始まりそうな暗闇に囲まれ、あたりはしんとしていた。夜空には、大きな月が光っていた。琵琶湖一面をまんべんなく照らし、昼間の太陽よりも堂々と綺麗に空に浮かんでいた。丸い輪郭の中では鮮明なオレンジ色が熱狂的

二〇一八〇一自(15)

朝起きて、いつものようにスマホでラインやメールをチェックする。メールアプリにはある企業からウェブテストの案内が来ており、期限は来週までと書かれていた。来週までなら、どうせいつ受けても僕の頭の賢さは変わらないから、今日受けておこうと思った。 朝ごはんとして卵かけご飯を食べ、頭にエネルギーを行き渡らせる。仕上げに冷たいコーヒー牛乳を飲み、テストへの準備を完璧なものとする。卵かけご飯とコーヒ牛乳。誰かの散らかった部屋みたいに無秩序な栄養素だったけれど、とにかくそのときはエネルギーを

二〇一八〇一自(14)

空から水々しい大量の矢が降りそそぐ。屋根、地面、壁、あらゆる面に突き刺さっていく。その日の僕は久しぶりにこの水の響きを強い意識で聞いていた。今まで野原で合戦をしていたのに、雨が降り始めた途端みんな楽しそうにはしゃいでいる。なんだお前も同じものをもっていたのか、と笑い合っているように。 スマホには友人から「今日、ドライブしよ」という誘いがきていた。彼は僕が生粋のペーパードライバーだと知っているのに、過去に何度も運転してくれと誘ってきていた。その度に、僕はペーパーだから危ない、や

二〇一八〇一自(13)

それから何週間か後、彼の目がもうほとんど見えていないことがわかった。祖母がそう教えてくれた。それを聞いた後、彼のことを見ていると、いつも日向ぼっこをしている場所へ向かう途中、段差の手前で少し立ち止まったり、ときには段差から落ち、花壇の壁に頭をぶつけたりしているのがわかった。彼はただ下を向いてゆっくりと体を動かし、虚しい表情を浮かべながら落ちこむように座る。一口サイズの餌をやってみると、目の焦点が合っておらず、ただ嗅覚だけを頼りにするように餌を食べようとする。口に入れた後も、噛

二〇一八〇一自(12)

とにかく暇なので、家で飼っている犬の散歩に出かける。彼は、世間からゴールデンレトリバーと呼ばれている。自分がそう呼ばれていることを知っているのだろうか。人間が勝手に決めた枠組みなんてもちろん知らないか。まあ知らなくていい、知らないほうが幸せかもしれない。顔を見ると、どこか人間のようにも思える。何を考え、まわりの景色を見つめているのだろう。彼は、もう人間の年に換算するとだいぶ老人になってしまった。昔は、吠えたり動き回ったり飛びかかってきたりして楽しさを全身で表現していたが、今は

二〇一八〇一自(11)

朝ごはんを食べ終わり、パンのかすが絵画のインクみたいに散らばった皿を台所の流し台に置く。洗うときに汚れが落ちやすいように、蛇口をひねり皿を何回か水浴びさせ、そのまま冷たい水に浸しておく。今日は気温がいつもより低いので、水につけられた皿たちは少し控えめに寒さを訴える。夕方ごろには暗闇に包まれた食器棚に帰れるはずだ。けれど、このまま水中に潜っていたいと言っているような気も少しだけする。 外一面に太陽の光が広がっている。家のなかのソファに座っていても、今上空で輝いているであろう太陽

二〇一八〇一自(10)

目を覚ますと、夜を謳歌していた光は消えていた。そのかわり、強い白い光がカーテンの隙間から差し込んでいる。いつだって光はその色を変化させている。けれど僕の目はそんなことに気づかない。感覚はいつも通り朝のにおいを集めにかかる。人の顔のような模様をつくりだす木目の天井、一体何をみようとしている。トイレで勢いよく流れる水道水、一体どこへ向かおうとしている。テレビのスピーカーをくぐりつづける声、一体誰に聞いてもらおうとしている。なにもかもがぐちゃぐちゃに混ざりあい得体の知れない生活音を

二〇一八〇一自(9)

ベッドに入り、今日のことを振り返る。何か自分は変わっただろうか、成長しただろうか。心から成長することを求めている自分はいるのだろうか。結局、人間は自らの存在を認めてもらえること、自らの能力を自在に発揮できることに満足を感じる。そして、人、生き方に正解はない。結局はただ、その相手に合うかどうかが問題となる。その相手さえ見つかれば楽になるのかもしれない。けれどそんな簡単にはいかない。自分さえ自分自身に気づいていない、そんな気がするから。あの時喋っていたのは自分なのか。誰なのだろう