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『呪術廻戦』②五条悟の幸福な最期

※WJ第236話ネタバレ感想になります。

衝撃の9月25日から1ヶ月が経った。
やはりこういう展開になったかという苦しい気持ちと、予想以上に幸せな最期で、こんな最期が実現するなんて。という喜びが混在するなんとも複雑な一話となった。

五条悟に特別な思い入れがあったわけではない一読者である私が、これほどまでに心に来るものがあったのだ。きっと、あまりの衝撃と悲しみで、日常生活に異常をきたした人も少なくないのでは。

正直、12月24日、新宿という舞台設定の時点で五条悟の死は確定していたといっても過言ではなかった。人外魔境新宿戦で悟は命を落とす。ほぼ確定ルートとしてこの数か月覚悟しながら生きてきたつもりではあったが、それでもいざその時が来るとなると、何の心の準備もできていなかった事実に、多くの読者が気付かされただろう。

1話前の第235話での五条悟への勝利確定宣言があまりにも不穏で、芥見下々先生のこれまでのストーリー展開からしても、間違いなく来週が悟の敗北回になると、覚悟を決めながら手にした第236話。
1コマ目、久しぶり、親友。の文字と共に現れた若かりし姿の夏油傑の姿。過去の回想であってほしいと願いもしたが、そんな願いは早くも4コマ目の

「生徒に言っちまったじゃねーか、死ぬときは独りだって」

このセリフに打ち砕かれたのだ。


➀五条悟という男


五条悟は呪術界の御三家と呼ばれる家の中で、最も力がある五条家に生まれた。五条家相伝の術式である無下限呪術と、一族内に同時に一人しか存在することができない六眼を併せ持つ悟のような人間は、うん百年に一度しか存在しない逸材で、世界の均衡を揺るがすほどの絶対的な力を持っていた。
幼い頃から稀有な存在として一般人とは異なる環境で育った悟は、わがままで横暴な男として成長した。高専に入学し、出会ったのが親友である傑だった。人生で初めて対等にわたり合える友人と出会い、悟は傑を『善悪の指針』として青春時代を過ごすのだった。しかし、傑の離反によって再び一人になった悟は、現在の腐りきった呪術界を変えるべく、一緒に戦うことのできる強い仲間を育てるため、教師になることを決意する。また、悟が五条家と因縁の深い御三家のひとつ、禪院家出身の伏黒甚爾と対峙した際、死に際に彼の息子である恵のことを託される。悟は恵をお家問題から守りながら育てることを決める。傑の離反により、悟は大きく変わっていく。これまでの横暴な態度とは打って変わり、のらりくらりとしたマイペースでお調子者キャラクターへと変貌を遂げたのだ。
そして傑が離反してから10年後、彼は再び悟の前に現れる。呪術師だけの世界を作り、呪術師が非呪術師のために命を落とす世界を終わらせようと画策していた傑は、重罪人として死刑執行が決定していた。唯一の親友である傑の刑を執行するのは自分だと心に決めていた悟は、悟の教え子である乙骨憂太に追い詰めたられた傑に手をかける。悟が傑を殺した翌年、傑の身体を乗っ取った羂索が悟の前に現れ、悟は封印されてしまう。その後、悟は何とか封印から解放され、2018年12月24日、恵の身体を乗っ取った宿儺との決戦の日を迎える。

私は五条悟の死は、彼にとって幸福な最期であり、死んで初めて彼は自由になることができたのだと受け取った。人間離れした強すぎる力故に、常に孤独と共に生きた五条悟。彼にとって、宿儺という強敵と戦うことは純粋に心躍ることであり、死後の世界でたった一人の親友となんの隔たりもなく再会できたことは、悟の心残りのすべてを解消するものだったのではないだろうか。


②『頼むから俺の妄想であってくれよ』


死後の世界と思われる空港に現れたのは高専時代の傑だった。悟の姿も高専時代のもので、黒のサングラスをつけ、一人称は『僕』ではなく『俺』となっている。

みんな死ぬときはひとりだと生徒たちに教えていた悟は、親友である傑に出迎えられたことに対して妄想であってくれと愚痴る。そこで傑は悟に宿儺との闘いについて感想を尋ねる。すると悟は楽しかったと答え、絶対的な強者ゆえの孤独は誰よりも共感できるからこそ、宿儺にすべてを伝えてあげたかったと話す。

悟は宿儺にもてる力のすべてをぶつけ、それを受け止めてもらうことができた。それは悟にとって自分を理解してもらうことに等しかったのだ。しかし、悟が宿儺に負けてしまったため、宿儺はすべての力を打ち込み、戦いきることはできなかったのである。

この時、悟は自分以外の人間のことを花に例えた。みんな大好きだったし、寂しくはなかったけど、生き物としての線引きがあった。花に自分のことを分かって欲しいとは思わないと。

つまり、宿儺は強者としてすべてをわかり合える存在だと戦いの中で思ったのだろう。ライバル関係の武将がお互いを認め合い、ひとたび戦から離れるとたたえ合う。そんな感覚と似たようなものだったのかもしれない。

人生の最後にそんな素晴らしい好敵手と相対することができた悟は、戦闘狂としてのこれまで決して満たされることがなかった欲求を満たすことができたのだろう。それは、宿儺に勝って世界を助けるなどといった大義よりも、悟にとっては大きく、魅力的なものであったのだ。

③『背中を叩いた中にお前がいたら』


宿儺との戦いを楽しかったと答えた悟に対して、傑は「妬けるねぇ」と返した。君が満足したならそれでよかったよと続ける傑に、悟は「背中を叩いた中にお前がいたら満足だったかもな」と答える。

悟は、宿儺との決戦を前に、呪術高専の仲間と教え子たちに背中を叩かれ『勝ってこい』と送り出された。悟は、傑をひとりにしてしまったことから、これからは一緒に戦えるような強い仲間を育てていこうと決め教師になった。そして、自分が育てた強い仲間たちに背中を叩かれ戦地へ向かう。そのことが、悟にとってどれだけ喜ばしいことだったのかということが、このセリフからうかがえる。

と同時に、離反し袂を分かった傑を自らの手で殺したあとも、悟にとって傑は共に戦ってほしかった大切な人のひとりだったという、生前、悟が傑本人に伝えることができなかった想いを伝えることができた瞬間でもあった。

そして、マンガで描かれた悟が想像した自分の背中を叩く傑は、離反後の教祖の姿をしていた。もし、悟が傑の犯した過ちを否定し、正そうと考えていたのだとしたら、きっとこのとき傑の服装は悟と同じ教師の姿や、一緒に戦ってきた仲間としての術師の服装だっただろう。

しかし、そうではなかった。それは、悟の中で傑が大義を掲げて進んだ道を否定する気持ちはないのだということの表れのようだった。悟は傑のすべてを受け入れたうえで、自分はそんな傑に何ができたのかを考え、実行し続けたのが悟の10年だったのではないかと思えてならない。

悟にお前がいたら満足だったと言われた傑の目には、涙が見えた。きっと、傑自身も自分の信念を貫くことに、少なからず戸惑いもあったのだろう。親友の悟や仲間たちと離れ、自分の産みの親や、かつては共に過ごした非呪術師たちを抹殺する。確かに呪術師が死んでいく世の中を変えるという大義のためには仕方ないことではあるが、傑だってできることなら大切な人たちからは離れたくはなったはずだ。

さらに、傑は対等に共に歩んでいきたいと思っていた親友との力の差や、生きる世界の違いのようなものを強く感じていた。悟が語った『他者との生き物としての線引き』を自分には越えることができなかったという無力さや、それを越えていく宿儺への悔しさのようなものがあったのだろう。

その思いの詰まった「妬けるねぇ」であり、それでも、悟が共に歩んでほしかったのは、今でも変わらず自分であったのだということを知り、溢れた涙だったのだろう。


④『これが僕の妄想じゃないことを祈るよ』


悟と傑が座る空港のロビーに灰原と七海が現れる。ふたりは悟が呪術を自分自身が満足するために使っていたことは分かっていたと話し、その生き方も死に方も悟らしいと認める。みんなで悔いのない人生だったと語り合い、悟が夜蛾学長に「呪術師に悔いのない死はないんじゃなかったのか」と笑いながら問うというシーンが描かれた。

悟と先に死んでいった仲間たちの心残りのようなものは、きっとこの空港での会話ですべて払拭されたのだろう。七海は過去ばかり選んで生きてきたのに、最後は虎杖に未来を託した。悟も、自分と共に戦うことができる強い仲間をたくさん作って、未来を自分の仲間たちに託したのだろう。

悟がこの空港で生徒たちの話をしなかったのは、もうとっくの昔にいつでも仲間たちにこの先を託せると確信していたからなのではないか。その証拠に、悟は渋谷事変で獄門疆に封印された時も、なんとかなるかと仲間たちにすべてを託し、焦る様子もなく封印を受け入れた。(もちろん中では強力すぎるが故に抵抗同様の状態になっていたようだが)傑も10年以上に及ぶ、悟の隣で共に笑い合うことができない現実からやっと解放され、親友と仲直りができたのではないだろうか。

最後に悟は「これが僕の妄想じゃないことを祈るよ」とつぶやく。初めは夢であってくれと願った悟だったが、仲間と言葉を交わし、後悔がなくなったことで旅立つ準備ができたゆえのこの言葉だったのではないか。一人称が『僕』になっているところを見るに、初めは高校生の頃の悟の言葉で、最後は現在の28歳の悟としての言葉だったのだろう。もしくは傑と二人で話している時は『俺』で、みんなと話している悟は僕だったからという理由かもしれないが。(羂索と初めて会ったときも、悟の一人称が『俺』になっていた)

そうであったとしても、まるで、高校生の姿に戻り、南(過去)へ向かっているが、前向きに人生を生き抜いたあと、みんなで一番楽しかった青春時代で待ち合わせたようで、とても微笑ましく温かい場所のように思えた。


⑤最強を冠した男


世界の均衡を揺るがすほどの存在として生きてきた五条悟は、呪術界を変えてやるという大きな目標を掲げ、彼の一挙手一投足が世界の情勢を左右するような重責を背負い続けた。

親友とのすれ違いから生きる道を考え、実行した教師という道。最強ゆえの孤独、親友との確執、呪術界を変えるために仲間を育てるという野望。そのすべてを悔いのない形で昇華させ、あるいは仲間たちに託し、やっとその縛りの多い肉体と現世から解放され自由になることができた。それが今回の五条悟の死だったのではないだろうか。少なくとも私にはこれは、悟にとっての幸せすぎる最期のように映った。

むしろあまりに幸せすぎる最期で、上げて落とす悪魔のような展開ばかりを見せてくれる芥見先生が、このまま幸せに悟を退場させてくれるのだろうかという心配が残ってしまうほどだ。

いずれにせよ、悟は親友に伝えたかった想いを伝え、仲直りすることができ、仲間たちが悔いなく死んでいったことを知ることができた。恵の父親についてだけは少し心残りなようではあったが、それも悟と傑の同期である硝子に託したので、悟にとって割り切れるものとなったのだろう。残された者たちの気持ちを考えると悲しみに暮れる結果ではあるが、少なくとも五条悟自身にとってはこの上ない幸福であったことは間違いない。

人気キャラクターの退場はどんな作品でもファンから惜しまれるものであるが、今回はその衝撃があまりに大きかった。それも含め素晴らしい1話であったといえるだろう。

最強の男、五条悟を失い、宿儺が完全に伏黒恵の身体を使いこなそうとしている今、勝ち筋をどのように見出すのか、見どころが絶えることない呪術廻戦。これから先も完結まで、私はこの物語を楽しみ続けたい。





前回、夏油傑について書かせてもらった記事はこちらから!
懐玉・玉折視聴後に傑への理解に変化がありましたが、ひとまず視聴前の感想を綴っています。


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