「HSPブーム」が気になっていた。

HSPという言葉を知って、カウンセリングを受けたことで世界が変わるような感覚を味わったことは体感として確かにあって、どこかで耳にしなければ自分を見ていくことが難しかったと思う。

だから広まること全てが悪いとはもちろん言わない。

それでも、全てが「HSP」で片付けられてるような気がして、ときに誰かのお金儲けに使われてることがすごく残念。

私がよくお話を聞いてもらっているカウンセラーさんは、HSP・愛着・AC・毒親というワード、親子間の捻れを中心に日々研究されていて、それらが正式に認められていないことも把握した上で、発信をされている。

たとえば愛着障害は、子どもにのみ該当する用語とされていて、それでも大人に現れる影響について調べ、カウンセリングを通して生きやすくする手助けをしてくれている。

たとえばHSPについては、今のブームには疑問を投げかけながら、少数派の感覚や根底にある愛着の問題(HSPだから苦しいのではなく、感覚が過敏だからこそ愛着の問題が生まれることがあるということ)、自己認識の大切さを発信している。

その人だからこそ、信頼できると思った。

今日、スタエフで飯村周平さんのお話をされてる方がいらっしゃって、改めて飯村さんのTwitterを読んでみた。そのうえで、やっぱり信頼できると思ったカウンセラーさん。また勉強会に参加してみようと思う。

飯村周平さんのTwitterはこちら
https://twitter.com/Tokyo6Heart?s=20

他にもカウンセラーを名乗る方や研究者を名乗る方の記事も見ているけれど、自分の助けになりそうなことであれば試してみるだけで、自分がそうは思わないということはスルーできるように選んでいる。ときには、「この発信、広まってほしくないな」と思うことさえ。

特に気になるのが、「HSPの方は〇〇しないようにしましょう」とか「こんな思いをされている方はHSPかも!?」という発信。それって主語が大きくないかい?

さらにそれの何が怖いって、「人と関わることが怖い」という困ったことが、実は社交不安とかの精神疾患だったのに、HSPで片付けられてしまうかもしれないということ。治療で改善できるはずのことが、治療につながらなくなる。それって本当に困っている人のためになるのかな?って。

HSPというワードを使って、お金儲けをしようとしているなとはっきりと感じることも実際ある。心療内科や精神科。「HSPうつ」なんて酷いなと思ったり。

最近読んだ本がこれまた酷いもので。「HSP」や「(精神疾患名)」を大々的に名前を出しておきながら、HSPを病気と捉えるかのような書き方がされていたり、反対に精神疾患なのに病気とは捉えていなかったり。

「どうにか糸口はないか」と探し購入している本にそんなはちゃめちゃな内容が書かれていたもんだから、途中からいらいらするわ悔しくなるわで最後まで読み切ることができなかった。ちなみにその本、飯村さんのTwitter上で問題視されてて、「まさに!」ってなった。

こんな悔しいことはない。

私は「HSP」や他の自分が持つ疾患名をヒントにして、「どうしたらこの生きづらい現状から少しでも変えられるか」と発信や検索をするようになったのだけど、ちゃんと情報を選んでいかないと、とんでもないところに引きずり込まれるこまれるな、と感じた次第です。

自分も「※個人の感想です」の範囲ではあるけれど、発信をしている側として、言葉選びや情報選び、強く意識していかんとなぁ。


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