エッセイ「世界で一番やる気のない抗争」
俺が過去の記憶を持ち出して書き込むエッセイは、小中学生時代のものが圧倒的に多い。『面白い話』として頭の中を蜘蛛の巣状に駆け抜けていくのは、ほぼ8~9割がその時の話である。決して高校・大学がつまらなかったわけではない。その時は身の丈に合った、充実した学生生活を送れた・送れているだけの話に過ぎない。
俺は、中学校と高校を境目に、自分自身が変わってしまったことをよく自覚している。いや正確には、自分自身を押し込める方法を知った。
俺の胸のうちに秘める沸々と湧き上がるようなアグレッシブな闘志は、今でも奥底でめらめらと黒く燃えており、未だ絶やされていない。だが、この闘志で周囲を巻き込んでしまっては、燃え移って火事になってしまう。この炎を使って、俺は小学校と中学校で色んな面白い経験をしてきた。そしてその炎をしまう術を自ら学び、その通りにしていった。その方が共同体を生き抜く上で合理的だと考えた。
今の俺の狭い器の中には内側に絶えず脂が塗られており、それを糧として静かにそこに存在しており、それを最早卑屈とも呼べる慇懃さで蓋をして必死に隠している。そんな日々である。
今日もそんな燃えていた日々のしがない話の種のうちの一つである。
中学生の頃、同級生にRという男がいた。Rは血の気が多く、入学当初から「危ないやつの一人」という感覚があった。彼は3年生の頃、どういう繋がりでかは不明だが、隣の隣の市の同じく中学3年生とLINEにて喧嘩をしたとのことであった。
中学生。プライド激高い。何にでもなれると思っている。だから互いにハッパをかける。最終的に、落ち合って殴り合いすることになった。
この話は男子生徒を中心に瞬く間に広がり、その内の数名は既にRに感情移入し、やる気で高ぶっていた。
なんと向こう側がこちらへ来るとのこと。
この話を聞いていた生徒のほとんどが「どうせ来るわけない」と思っていた。たかだか中学3年のガキが2つも市をまたいで向こうからノコノコやってくる?しかも平日の夕方に、である。学校終わりにそんな芸当できるはずがない。実際俺もそう思っていたうちの一人である。
当日、R率いる4名、プラスアルファ(というよりか野次馬)の10余名が学校前にて待つことにした。
俺も最初は(部活があるし)と思っていたが、ちょうど部活が終わった頃に隊がゾロゾロと校門を出たため、面白半分で同じ部活の1,2人と一緒に野次馬根性で見に行くことにした。来れば喧嘩が見れて美味しい、来なければ全員で馬鹿にできて美味しい。みんなで「どうせ来るわけない」と騒ぎ立てていると、
来るではないか。向こうから、来るではないか。ゾロゾロと引き連れて歩いている。最初は誰もがもしやあれではないかと疑った。むしろ、そうであってくれないよう祈るばかりであった。しかし遠くの点は次第に形状を得始め、最終的には俺らと同じくらいの、いや若干高いか、そのくらいのやつを筆頭としたおおよそ自分たちの隊と同数の集団が現れた。
しかしそれは思わぬ形で展開する。向こうは手を挙げて「よお」といった表情。やはり向こうも中学生である。まさか(こんなに)いるとは思わず、牽制として馴れ合いの姿勢に出たのだろう。インターネットでレスバしているガキがいざ無理矢理現実で会わさせられたら、プライドからこうするしかないだろうな、という強がりの馴れ合いを互いに見せていた。
しかし向こうの集団は知らないであろう。僕らの軍団の7割方は野次馬でかたどられている。わざわざ電車を使って1時間弱かけて来た連中とは覚悟が違う。俺は迷った。帰りたい。滅茶苦茶帰りたい。まさか自分たちも巻き込まれて喧嘩せねばならないのだろうか?顧問にバレて怒られたらどうする?
だがみんな持ってるぜプライド!ここでこそこそ家路に帰っては卒業するまでずっと笑われ者かつ恨まれ者である。卑怯者のレッテルも貼られるだろう。野次馬連中は皆がそう思った。帰るわけにはいかない。俺たちはそれとなくぞろぞろと戦地(近所の公園)へチーム関係なく仲良く話をしながら歩いた。
それと同時にたぎった血を持つこちらの数名、さぞ安心しただろう。喧嘩は(たぶん)数の勝負。どれだけ血が湧き肉が踊っていても、4対10数人では勝ち目が無い。誰も抗争の最後まで帰る生徒はいなかった。中学生だからこそ為せる矜持が生んだ○○中学校の伝説である。
公園は広くも狭くもなく、滑り台とブランコが置いてある。真ん中にだだっ広く草っ原があるため、そこで戦うこととなった。
まず互いに主要人物が自己紹介をする。こちらはR(発端)、K(ハゲ)他2名などのたぎり組。向こうは忘れたけど、発端がシバタという男だった。俺は思わず「シバターで〜す」と言った(くだらねえ。)
ハッとしたときには遅かった。もちろんこのコトバは聞こえており、「やんのか?」とシバタに喧嘩を売られる。俺はびびって謝り倒した。思えば今まで人生20年生きてきた中で片手に数えるほどの大失態である。思えばシバタも冗談めかして言ってたことだし、もっと恥にならない対応もあっただろうに。肝心なところで俺の闘志は出てこない。俺の闘志は、自分が完全に安全なときにだけ発動するのである。(ガチクズガキ)
話し合いの末、前哨戦でKと(たぶん)シバタがタイマンを張ることになった。普通Rとシバタだろ。
ルールは
・金的、目潰し以外何でもあり
・降参するか、泣いたら負け
この2点のみである。なんやねん泣いたら負けって
全員で円陣を組んで周りを囲み、フィールドを作って誰かが手を叩いて戦いが始まった。
正直言って、ルールの存在するマジな喧嘩をナマで見たのはこれが初めてであった。学校で生徒同士の喧嘩はあれど、突発的に始まったものでありそこにルールは無い。(これもあってないようなものだが)
バーリトゥードの観客となれたことに少し楽しみを覚えた。もちろんこちらとしてはKを応援し…と言いたいところだが、普通に暴れ者で嫌われてたので俺としては勝敗はどちらでも良かった。
Kも多分喧嘩は強いが、シバタは格闘技の経験があるらしく、30秒くらいであろうか、シバタはKを転がらせ、すかさず馬乗りになって殴った。観客が湧いた。しばらくしてKは「待って、降参…」と声をあげた。一瞬で辺りは静まり返った。
しばらくしてKは止血をしたが、制服のYシャツの第一ボタンがとれたことに気づき、みんなで探し始めた。
余談だが、後にKは高校に入ってすぐ女子生徒を孕ませ、高校を中退し働く。しかし向こう側の不貞行為で別れることとなり、親権をとられ、なんと養育費はK側が負担するのであった。
この話は未だに数少ない当時を知る友人との物語種となっているが、どう考えても可哀想である。でも「Kが始めた物語だろ」と言われれば(確かに)と思う。こないだ行った成人式では、ハゲではなくなっており、緑色に髪を染めていた(この話に比べると5年も最近のこと(投稿日から約1ヶ月半前のこと)なのにもうよく覚えていない。)
結局ボタンは見つからず、既に18時で辺りは暗くなっていた。Rとシバタは既に仲良くなっており、どうするか相談した結果、今ここにいる全員で殴り合いの喧嘩をしようという結論に落ち着いた。不道徳的すぎる。
互いが一直線に並び、少しずつ互いに近づいて「うぉー」「うぇーい」と覇気のない声をあげて、世界一やる気のない全面抗争は始まってしまった。あの雰囲気、今思い出しても最高である。相撲の「はっけよいのこった」とも似ている、柔道の組手合戦とも似ている、互いの顔を伺い合いながらジャブを打ち合う感覚。俺の対岸にいる子の死んだような目を見たとき、「あ、彼も僕と同じで戦いたくはない野次馬だったんだな」と悟った。
俺は周りをうろちょろし、戦ってるフリをした。なるべく自分より背が低くて弱そうな子を狙って(最悪すぎる)、やる気のない無痛パンチをした。向こうのパンチも同じく痛くなかった。
今思えば、互いの野次馬軍団は、恐らく同じ戦法をとっていただろう。
抗争がどう終わったのかもよく覚えていない。彼らとどう別れたのかもよく覚えていない。
家に帰ってどうしたのかも。
次の日の昼間に、視聴覚室に呼び出された。呼び出された生徒の名前の列挙からも、内容がどんなことであるかはすぐに察しがついた。
学年主任が前に立ち、「お前らなんで呼ばれたか分かるな?」と言い放った。「今回の件について知ってることをすべて紙に書け」と言われた。俺はこういう言い方をするならばどうせ大半のことは知れ渡っているだろうと思い、「Rが発端です」とだけ書いて匿名で提出した。
視聴覚室を出るとすぐに全員が図書室へ再び集まった。(図書室は立地上職員室から最も遠く、先生が滅多に来ないことで僕らの中で有名であり、ふざける場にはうってつけだった。)
もちろん真っ先に話題に上がったのは、「誰が漏らしたのか」であった。
全員が憤っている。昨日の何倍も。皮肉な話である。内申点に響いたらどうする。俺も高校へ進学しようとしている矢先にこのようなことがあり、超不満であった。何より顧問に知れ渡ってないかが不安だった。(怒られた記憶ないので知られてないと思う。もしくは呆れられたか)
そしてしばらくして、誰かが視聴覚室に一人だけいなかったことに気がついた。Uである。Uはその集団の中で最もチビで常に鼻水を垂らしており、盗難癖と虚言癖があることから周囲に疎まれていた。
タレ込んだのはUに違いないとして、話題は紙になんと書いたのかへ移行した。俺は「何も書かなかった」と言った。みんなも似たようなことを言っていた。
下校時にRがUを詰めると、U曰く全面抗争の最中にUの親が車でそれを目撃していたらしい。Uの親は毒親で有名で、Uをぞんざいに扱っていた。Uは後に親の言いつけで高校へは進学せず、卒業式にも出ず親の工場で働くこととなる。
Uは親にも同じく詰められ、洗いざらい白状してしまったらしい。
話は以上である。この顛末から俺が得られた旨味は前哨戦のタダ見くらいのものだ。
モヤモヤしているのは俺も同じである。結末に限って釈然としない、妙な終わり方をする。でも人の思い出って、こんなもんだと思う。
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