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牡蠣-その47

大学の帰り、駅のレストランのどこで食べるか考えあぐねていた。
寿司はいいが回らないととだから値が張る。
ラーメンはいつも食ってる。
オムライス専門店は腹が満たなそう。
しゃぶしゃぶは一人で行くのはなんか虚しい。
そこで俺はたまたま見つけた牡蠣の専門店へ行くことにした。
確かに高そうだが寿司屋ほどではない。
良い経験にもなる。
もしあるなら生牡蠣を食ってみたいと思った。

小学校中学年の頃、チェーホフの「カキ」という短編小説をどこかで読んだ時、度肝を抜かれた。
今までキラキラしたハッピーエンドの教科書に載る模範のようなものや、バッドエンドでも「ごんぎつね」くらいの美談に終わる作品だけを読んでいた当時の俺にとっては衝撃的な内容だった。

主人公とその父は貧乏が災いしてとうとう路頭に迷うが、父はプライドが邪魔して物乞いできずにいる。レストランにカキという文字を見た主人公は父からその見た目や味を聞いてグロテスクな生物を想像する。「カキ…」とつぶやいた主人公はレストランの酔った客に連れて行かれて生牡蠣をたっぷりと食わされる。しょっぱさのあまり熱を出して喉の乾きに飢える主人公はぐったりとしている。その横で父親は悩みながら腕をぐるぐる回している。

高2の頃にふと思い出し、「カキ」というタイトルだったことだけを頼りに2時間くらいインターネットを漁って、チェーホフというロシア作家の作品であることを知った。
そこに出てくる牡蠣の記述はとても美味そうなものとは思えない。
でも、確実に興味をそそられるものだった。シュールストレミングを一度は食ってみたいと思うだろう。それと同じで単なる怖いもの見たさや興味本位といった類のものだった。

店員はとても美人な方だった。茶髪で背が低くて、白い調理服がよく似合っている人だった。その人だけでやりくりしているのかと考えたがそんなはずもなく、厨房では旦那と思わしき背の高い男性が料理をしていた。コロナだからか昼時なのに客は異常に少なく、俺以外に2,3人くらいのものだった。カウンター席もあったが、がらんどうだったのでテーブル席に座らせてくれた。
店内ではジャズが流れていた。凄く好きなタイプの曲だった。曲名を聞きたくなったけど、スカした痛客だと思われたくなかったから辞めた。

俺はカキフライ定食とフライドポテトと生牡蠣を頼んだ。生牡蠣は1匹650円だった。これは一般的にもこのぐらいの値段なのか?無知が痛手に出て、メニュー見てすげえびっくりした。広島産と岩手産で選べて、店員にどう頼むのがセオリーなのか聞いたら、1匹ずつ食べ比べてみてはいかがでしょうと言われたから、言われるがままに注文した。

まず牡蠣フライを食べた。大粒のが4つ鎮座していた。
ものすごく美味い。子供の頃カキフライ苦手だったなぁ…親が買ってくるスーパーの出来合いは衣がベシャベシャで不味かったことも理由の一つかもしれない。
今まで好きなものは寿司やステーキといった変哲もないものだったが、カキフライが一気に一位に躍り出た。そのくらい美味かった。
レモンを限界まで絞って、タルタルソースをつけて頂いた。
熱々の出来立てで、牡蠣を噛みちぎるのに苦労した。
フライドポテトも全て平らげたあと、メインターゲットの生牡蠣に手を付けた。

正しい食い方がわからなかったから、とりあえずレモンと醤油ポン酢とオリーブオイルを同じ量だけ均等にかけた。
2つの違いなんて分かりもしなかったから、初めて生牡蠣を食べた感想を言うと、寿司のホタテの香りがするヌルヌルしたジュースみたいな味だな、と思った。必ず最後に貝柱だけが残るのが面白い。牡蠣を食う自分に酔いしれていたからか、食ってる最中はなかなか行けると思った。実際にホタテの寿司は好んで食うし。ただ問題は後味だった。
まっずぅ〜〜〜〜〜〜〜
全部飲み込んだあとの後味がなんかすごい嫌だった。舌の側面が痺れてる感じがした。今思ったら、顔をしかめてなかったろうか。
生牡蠣はまだ俺には早かったらしい。
1年後にワインを飲めるようになってからリベンジだなと思った。待ってろよ
さっさと金を払って駅の改札を通って自販機を見つけた次第すぐにいちごオレを流し込んだ。その頃にはもう後味消えてたけど。

家に帰ってレビューを調べてみると、思いの外低くて悲しくなった。だから文章は添えずに黙って☆5をつけといた。
実際、あの店に行ったことは一切後悔していない。店の雰囲気もメニューも素晴らしかったし、良い経験になったと思ってる。

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