【感想】沙耶の唄
ブランド : NitroPlus 発売日 : 2003-12-26
シナリオ : 虚淵玄 原画 : 中央東口
■ストーリー
⚠️ここからネタバレあり⚠️
■ネタバレ感想
それは、世界を侵す恋。
このキャッチコピーに偽りなし。
★はじめに
2003年にニトロプラスよりリリースされた本作は、ビジュアルノベル界隈では特別な存在感を放った作品。今ではある種の歴史的資料の位置づけにも感じる名作です。
虚淵玄さんがシナリオを手掛けたホラーであるというだけで説得力があるというか、内容のセンセーショナルさもあって後に語り継がれるのはある意味で必然であったのかもしれません。
自分自身も虚淵さんの手掛けた作品は『魔法少女まどか☆マギカ』などでどっぷり浸かってきたので、同氏の初期作品にあたる『沙耶の唄』はいずれプレイしたいという願望を持ちつつ、決定的なプレイきっかけに巡り合わずズルズル後回しにしていました。
では何がプレイのきっかけになったのか。
そのきっかけはエンディング曲「ガラスのくつ」でした。
実はこの曲大好きでして。
作品とは関係無く曲が良いという理由で音源を買ってヘビロテしていたので、『沙耶の唄』のエンディング曲ってことを忘れていたんですよね。
脳を刺激するドラマチックな曲展開と、自分がプレイ前に抱いていた作品イメージがあまりに乖離していた為、二つが結び付かなかったわけです。
そして先日ふと思い出して、作中で聴きたいという猛烈な欲求に駆られ、今感想を記すに至ります。ようやく「ガラスのくつ」を真の意味で堪能できました。
★本作の印象について
この作品が素晴らしかったのは、物語の引き算が秀逸だったこと。
およそ6時間ほどの短編物語でしたが、非常に研ぎ澄まされたストイックさを感じました。
本筋に直接の関わりが薄い事象に関しては徹底的にそぎ落とされ、純度の高い部分だけがしっかり描かれています。
穿った見方をすれば説明不足、掘り下げ不足とも取れますが、クリア後にはそんな些末な事はどうでもよくなっています。
むしろ描かれなかった事象や、語られていないエンディングの先自体が絶対的な余白として魅力になっているようにも思えます。
多くを語らない渋さと言いますか、映画的な手法と言いますか、虚淵さんの美学のようなものが垣間見える作品でした。
★プレイして感じた事諸々
公式ジャンルがサスペンスホラーADVとされた通り、狂気の作品というよりも緊迫感あるホラー作品という印象が強いです。
そもそもプレイ前に抱いていた勝手なイメージは、錯乱した主人公がヒロインとの愛を貫く為に狂人となるというも。その過程で描かれる、狂人ゆえの理解不能な心理描写が見所となる作品だと思ってましたが実際にはかなり異なりました。
それはヒロイン沙耶の立ち位置。
あれ?本物の人外エイリアンじゃん。
この時点で仮説は完全に崩れ去ります。
ヒロインを守るため、ヒロインと添い遂げるためのベクトルが思い描いていたものと完全に別ものでした。
健常なものが異常な肉塊に見えてしまう世界でただ一人美しい姿の沙耶。
主人公郁紀の絶望的な状況を思い知ることになる冒頭のシーンから沙耶との出会いは、彼にとって心の拠り所となる理由として十分な説得力があります。
そして作中では見る事が叶いませんでしたが、恐らく本来は醜い姿の沙耶を可愛いと想いを寄せる主人公に同じく想いを寄せる沙耶。
二人の出会いは狂気を孕みつつも、精神的な繋がりにより愛情が芽生え恋に堕ちる(これに関しては後述します)
この後の物語を見れば、カニバリズムの表現や、沙耶の残酷さを愛とする郁紀のモノローグは狂気そのものですが、これを人間らしさであると皮肉することに本作のホラー性の真髄を感じます。
物語が一気に加速したのは耕司が井戸に落とされてから。物語の鍵であった奥涯教授の研究と事の真相は予想をはるかに超えた衝撃でした。
正直言うと主人公よりも耕司の視点を主として読んでいたように思います。彼に対しての方が共感、感情移入が出来たんですよね。
丹保先生に警告される一線を超えるか否かの描写であったり、焦燥感のなか絶望に抗おうともがく姿は郁紀より主人公に見えてしまいました。
そんなこと言ったらこの物語が成立しなくなるのでただの戯言ですが、そう感じた方もいたのではないかと勝手に思ってます。
それも込みで、視点の切り替えにより見ているもの全てが変わる手法はお見事だったと言えます。
プレイ中に知ったんですが、『火の鳥』のオマージュとの事。人外の怪物なのかロボットなのかの違いで、人でないものを愛した男は、最後に自分が人間であることを辞めて、恋を成就させるんだ。ハッピーエンドだよ。だろう?と纏まるわけですね。
あー、なるほど。確かにそうだと納得でした。
点の話ですが言葉の表現に衝撃を受けたものが。
郁紀のモノローグですが、かなりキャッチーな喩えに震えました。これはただ事ではないぞと歓喜したのは言うまでもありません。
★純愛作品としてどうだったのか
本作は純愛作品であるという前評判を聞いて興味を持っていたので、この点に関してかなり注視して読み進めました。では実際どうだったのか。
結論から言えば沙耶の視点からすれば間違いなく純愛でした。郁紀の視点からすると広義では純愛、狭義では依存愛であるようにも感じられますが、人間に戻るエンディングでは醜い姿の沙耶でも愛すると言ってのけるので純愛として問題ないでしょう(ここは考察の余地あり)
かなり歪な愛の形ですが純愛の定義にはしっかり当てはまっています。
純愛の簡潔な定義は「邪心のない、ひたむきな愛」
他に「その人のためなら自分の命を犠牲にしてもかまわないというような愛」「肉体関係を伴わない愛(プラトニック・ラブ)」「見返りを求めない愛(無償の愛)」などがあります。
重要なのは「邪心のない」ということ。
郁紀と沙耶の行動の全てが「二人の世界」を求めたもの。その過程や手段はかなり特殊なものですが、追い求めたのは平穏。それに偽りはありません。邪心など無いのです。
愛という魂の渇望はここまで残酷なものまでも内包してしまい、かつ美しく世界が侵される事が本作の存在価値となっていました。
キャッチコピーにあったように世界を侵す恋により世界が生まれ変わる。
この純愛は憎悪と狂気の純度が高ければ高いほど、裏返しに純度の高い愛になってしまったと言えるでしょう。
世界の終わりこそ、2人にとっては世界の生まれ変わり。素晴らしい帰結です。
★「沙耶の唄」エンディングについて
3つのエンディング全てに余韻があり素晴らしいものでした。
知覚異常が完治する沙耶との携帯電話メッセージの会話の切なさも、沙耶が絶命する際に郁紀に寄り添う儚さも邪心の無い愛を感じます。
そのなかでも、世界が作り変えられる恐怖のエンディングが、皮肉にも一番美しいエンディングと自分は感じました。
人外の存在である沙耶がヒトを学びつくし獲得した心理は「恋」という概念と繁殖活動という種の本能。
作中では恋が種の存続に非効率で不要のものであると語りながら、沙耶のなかで最期まで残った心理とする秀逸さ。
愛をもって種を存続するというのは道徳感で語れば自然な事ですが、生物全体としてみればかなり特殊で人間のみが有する価値観。
沙耶はただの生命体ではなく、たしかに人間的であり、その先に種の存続を渇望したのは人間の本能であったと言えるでしょう。
この作品は人類の愛を語りながら、愛をもって美しく人類を散らすという恐ろしさをホラーのなかに描いた事が素晴らしいわけです。
郁紀に抱かれ背中の羽根を広げた沙耶の姿を形容した言葉が全てを語っていました。
よくよく考えてみると、知覚異常で見る沙耶の姿が美しいという事は実際には“醜悪だった。圧倒的に、絶望的なほど醜悪だった。”が正しい認識になるはず。これを読み手に美しいと錯覚させたのは見事です。
さらに奥涯教授の手記にあった夢想をモノローグとした世界の生まれ変わりは、圧倒的な絶望感にも関わらず、愛する娘を想う父親のような優しさが垣間見え、それを終焉と対比させた極上の演出でした。
このエンディングで使われた曲は「ガラスのくつ」ではなく「沙耶の唄」。紡がれていた言葉は圧倒的な愛でした。
実はこのエンディングを見るまでは純愛作品として認めつつも、愛の歪さに若干の違和感を感じていた自分がいました。
でもこの歌詞通りに物語を捉えれば、その違和感は完全に氷解する事となります。
これには拍手するしかありません。
沙耶の真実の愛の言葉はエンディング曲に全て込められていました。
作中で沙耶の心情が見えずらかったように感じていましたが、愛の答えは歌にあり、その歌のタイトルが「沙耶の唄」ですからね。
これには恐れ入りました。素晴らしすぎます。
■最後にまとめ
名作と語り継がれるだけの素晴らしい物語でした。虚淵さんの表現するホラーは純愛の散りざまという帰結を以て強烈な余韻を与えてくれました。
グロ表現が自分に合うか最初は心配でしたが特に問題もなく、『さよならを教えて』のように頭がパニックになるような事もありません。
今までプレイした他作品と比較しても、スラスラ読み進めることが出来た方だと思います。
文章も硬派な印象で好みでしたし、内容も非常に理解しやすい。込められた愛の中身に関しては考察が必要ですが、純愛であったという結論で問題ないと思います。R18ならではの表現と、非常に完成度が高い物語は称賛されるべきものでした。
本作の中で目に見える醜さや憎悪と精神の美しさは表裏一体。そんなことを思いながらこの感想を締めさせていただきます。
ニトロプラスの皆様をはじめ、制作に関わられた全ての方に感謝を。
また、この感想を読んでくださったあなたにも最大限の感謝を。
ありがとうございました。
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