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テラスハウスでウォーリーを探せ

ウォーリーはどこ

最近トレンドの誹謗中傷にちなんだ話をしようと思います。
恐らく多くの人が、目の前で苦痛を訴えている人が被害者で、加害者はどこかに隠れているものだと勘違いしているのだと思います。

「血を出して痛がっている人、泣き喚いている人、倒れて死んでいる人、この人達は明らかな被害者であり、加害者は必ずどこかにいる。人にこれだけの苦しみを与えておきながら、加害者はどこかで息を潜めており、ほくそ笑みながらこの罪から逃げ果せることが出来ると思っている。そんな奴を放っておいたら第二第三の被害者が出るだろう。いや、ひょっとしたらこの中にいる誰かが犯人なのかも知れない。くそっ、卑怯者め。絶対に許せない。正義の名のもとに、俺の知恵と勇気で必ずお前を炙り出し、罪を償わせてやる。じっちゃんの名にかけて!」

小説や漫画の影響なのか、はたまた根っからの探偵気質なのかはわかりませんが、多くの人は好き好んで何もない迷宮の中へ自分から迷い込んでしまいます。
しかし往々にして加害者とは目に付く限りの至る所にいて、被害者はどこか遠くに隠れて息を潜めています

被害者を見つける難易度としては、おそらくウォーリーを探せの比ではないでしょう。なんせ本を開いてみると、自分こそがウォーリーだと手を挙げているそれっぽいフォルムの人物はたくさんいるものの、実は本物のウォーリーはその中にはいないのですから。そこにいるのはウォーリーのコスプレをした、ウォーリーになりたい別の誰かなのです。
本物のウォーリーは本の中ではなく、実は自分の尻の間に挟まっていたりします。

今回はそういうお話です。

被害者大会

私は以前、被害者同士の喧嘩を止めたことがあります。他愛もない出来事から2人の大人がコンビニ内で口論をし始めて、間もなく殴り合いの喧嘩となりました。
近くで一部始終を見ていた私が止めに入りましたが、コンビニ店員は知らん顔です。
彼らは激昂し手がつけられない状況でしたが、お互いが相手を殴ってまで主張したかったこと、それは非常にシンプルで、「俺がダントツナンバーワンの被害者だ」ということです。

私は1人の男をどうにか説得し、落ち着かせたうえで、更に口からでまかせで男の気分まで良くしてあげて、家に帰ってもらいました。
取り残された男の方は怒りの矛先を失い、悔しさの余り今度は私を目の敵にして、こちらに向けて暴言を吐いてきました。相手をする必要もないので、私は男に頭を下げて終わらせました。

今お話しした登場人物の中に、被害者は1人もいません。男2人は言わずもがな、私とコンビニ店員もそうですし、周りに誰かがいたならそれも同じです。
被害を主張する人がいたとするのなら、それは被害を訴える加害者です。

私もこのことを武勇伝のようにしているけれど、結果的にたまたまうまくいっただけで、最悪の場合は死んでいたのかも知れません。そうなれば私の軽率な行動により、現場の混乱と誰かの罪を余計に増やし、その結果、私と繋がりのある人達に多大なる迷惑をかけていたでしょう。自分が他人の揉め事に巻き込まれた被害者だとはとても言えません。

そして男2人に助ける価値があったのかと言えば、それも疑問です。公共の場で他人を殴るような人間ですから、もしかしたら自分の身内に暴力や暴言を振るうような輩なのかも知れません。
悔しい思いをして私に暴言を吐いてきた男が、もしかしたらあのあと、腹いせに自分の家族を苦しめていたかも知れません。そうなるとあの2人はあのまま殴り合って死んでいた方が良かったとも言えます。

本当の被害者や、私と繋がりのある人達に苦しい思いをさせる可能性があったのであれば、私もただの加害者に過ぎません。

そして不思議なことですが、これが殺人事件に発展していたのだとしたら、世間的には殺した人間が加害者で、その場にいた人達が被害者になってしまいます

私の目で見る限り、あの場に被害者になる人はどこにも見当たりませんでしたが。


被害者になりたい加害者

私の職場にパワハラを絵に描いたような人物がいます。彼がある時、激しい怒りをぶちまけながら帰ってきました。

彼はどうやら現場で他業種の人間に体を押されたようでした。

え、それだけ?

と内心思いました。しかし彼は、2人きりの狭い空間の中で、仕事で使う器具を乱暴にバンバン投げ飛ばしながら怒り狂っているため、少し恐怖を覚えました。なだめようとも試みましたが、それはかえって火に油を注ぐだけでした。

「俺はもう今後仕事をしない(お前らの負担を増やす)。これからお前らにも俺と同じ気分を味わせてやるからな!」

私は彼の言葉と行動に、更に恐怖を覚えました。発言がもはや脅迫です。人に押されたことに怒り狂う彼が私にやっていることが何なのか、彼にはわかっていないのです。

どうにも腹の虫の治まらない彼は、押されたことを上司に報告しました。その時はもちろん上手な大人の対応で。

「それは辛い思いをしましたね。嫌な思いをさせてしまいましたね。黙っているわけにはいかないので、組織的に対応しましょう」

まさに仏の上司対応でした。言葉の通り、後日幹部クラスが先方へ赴き、事実確認をしましたが、押したとされる本人は「よく覚えていない」とのことでした。しかし、今後はこういうことはないようにすると、謝罪の言葉を貰えたようでした。

かくして日頃から暴言を繰り返し、あまつさえ脅迫めいた言動をして暴れていた彼は、人から押されたことの怒りで周囲を巻き込み、見事被害者としての立場を獲得しました。

私には前述の男2人と彼が同じ人種に思えます。彼らに違いがあるとすれば、被害者になれたか、なれなかったか、それだけです。

もちろんこの話の中にも、被害者はどこにも見当たりません。


大人とは何か

これは自論に過ぎませんが、大人とは自分が被害者になることを回避できる人、加害者でいられる人のことだと思っています。更に言うのであれば、自分の非を見つけて、相手を守ることの出来る人です。

例えば何か思わぬ出来事があった時に、相手の非が明らかで、自分に非は全くないと直感したときに、あなたならどうしますか?

私が理想とする大人であれば、出来事の中に自分の非を1割でも見つけて、そこから更に、自分の非を2割3割と膨らませて、なるべく相手と同じ目線に立ちます。もし自分が半分悪いと思うことが出来れば、相手に一方的な怒りをぶつけたり、蔑むような態度はとらなくて済むはずです。

では次に、理想の大人像とは全く逆のことを言います。

自分が被害者だと勘違いしており、加害者であることがわからない人。自分の非を見つけることができず、全てを相手のせいにする人。

前述を大人とするなら、これは子供です。こういう人って、大人でも意外と身近にいるのではないでしょうか。というか冒頭から述べてきた3人がまさにそうですね。

そして自分が子供の頃を思い起こすと、こういう経験があったり、見たことが一度くらいあるかと思います。

「Aくんが悪い!Aくんが最初にぶってきた!」

「Bくんが悪い!Bくんが最初に嫌なことをしてきた!」

子供2人は泣きながら、自分が被害者だと主張をしながら喧嘩をします。彼らは得てして周りを巻き込みながら喧嘩をヒートアップさせていきます。そして名奉行、大岡越前守のメロディを轟かせながらやってきた教師にこう言われます。

「どっちも悪い!お互い謝りなさい。」

そうです、教師のこの一見パワープレイとも取れる行動こそ、大岡越前守の名裁きなのです。
言葉足らずのため、子供たちはふてくされながら渋々謝ることとなりますが、教師のこの言葉の中には、「相手が悪いとその時に思っても、自分の悪かったところをきちんと見つけなさい。それが出来れば相手に謝ることができる。相手にも謝ってもらえる。」という意味が含まれています。

このように自分が大人になれる道筋は、幼少期にいくらでも示されていたはずですが、運悪くそういう経験の出来なかった人、あるいは経験から学ぶことが出来なかった大人が、冒頭にあったような被害者大会をまるで未知の体験かのように繰り返してしまうのです。

しかし残念ながら、大人の社会に「どっちも悪い!お互い謝りなさい」と言ってくれる大岡越前守はほとんどいません。基本的には揉め事に対して、あっちが加害者、こっちが被害者と仕分けるのみです。この仕組みが被害者大会を余計に助長させているのかなとも思います。


被害者はどこにいるのか

では本当の被害者は一体どこにいるのでしょうか?
これも単なる私の持論ですが、被害者になり得るのは子供だけです。もちろん「こどおじ」とかそういう意味ではなくて、本当の子供のことです。
一言でいうのであれば、知性も経験も力も足りず、それらを養うために必要な時間が圧倒的に少ない子供は疑いようのない弱者であり、被害者であるといったところです。

前述のコンビニの話であれば、悔しい思いをした男が自分の子供に何らかの八つ当たりをしたのだとしたら、その子供が被害者です。
その被害の深刻さに比べれば、喧嘩をした男二人の主張や、その間に入った私のストレス、安全な職場環境を提供されなかったコンビニ店員の権利意識と何も出来なかった自分への罪悪感、周囲にいた客が感じた恐怖など、その他一切のものはゴミです。

パワハラ同僚の件にしてみても、押したかどうかも覚えていない行為を大げさに責め立てられた誰かさんのストレスや、理不尽に押されたことに対する同僚の怒り、その怒りの捌け口にされた私の恐怖、その他一切のものはやはりゴミです。

テラスハウスにもみられる個人への誹謗中傷の騒動も、被害者大会・加害者探しに躍起で、見るに堪えないくだらない攻防が続いています。
加害者は探すまでもありません。女性を貶めた大人や、自殺した女性をはじめ、その渦中にいる人達と、誹謗中傷の被害と罰則化を訴えるように出てきた芸能人等々、いくらでも目につきます。
どうでもいいことで騒ぐのではなく、本当の被害者のことを考えないといけないはずです。


被害者気取りのコスプレウォーリーは探すまでもありません。

本物のウォーリーがどこに隠れているのか、しっかり目を凝らして尻の間まで見ていかなければなりません。

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