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父と子のパピコ【甲斐大和→松本 120km vol.04】

お下げ髪をなびかせて篠田美代子の娘が走って行く。そのあとに健太郎と私が連なり松本の街を走る。篠田美代子の娘に先導されて松本の街を自転車で走る日が来ようとは。苦笑いのような別の感情のような、複雑な心境と戸惑いと可笑しさがこみ上げてくる。
小さな交差点の手前で速度を落とすと、彼女はこちらを振り返って左を指さした。左折して少し走ると広い駐車場のあるコンビニがあった。
「夏希ちゃん、ありがとう。健太郎、ちょっと待ってて」
駐車スペースの隅にバイクを立てかけて店に入った。ビニールテープを探しながらふと店の外を見ると、健太郎のバイクを見ながら二人が話しているのが見えた。

レジを済ませて店を出ようとすると健太郎の大きな声が聞こえた。
「うわ!気をつけて!」
健太郎のバイクに乗った篠田美代子の娘がよろけながら駐車場の中を走っている。健太郎がそのあとを追いかけていく。これは止まるときに危ないなと思ったら、案の定、サドルに座ったまま足を着こうとして大きくよろけ、慌てて健太郎が走り寄って支えた。
「転ぶかと思ったー! ありがとう!」
「サドルに座ったままだと足が届かないからサドルの前に立つんだ」
「こう?」
「うん、そう」
健太郎に言われたとおりに跨がり直すと彼女は両手をハンドルバーに添え、コンビニのウインドに写った自分の姿を見て「なんだかカッコいい!」と声をあげた。健太郎の乗っているバイクは650Cだがホリゾンタルなので中学生くらいの女の子には少々大きいが、彼女は脚が長いのでなんとかさまになっている。
「ね、ヘルメットも被らせて」
「えっ…… 汗かいてるからやめたほうが……」
「大丈夫、お願い」
健太郎は渋々ヘルメットを脱いで彼女に渡した。汗だくのヘルメットを躊躇することなく被ると、彼女はハンドルに覆い被さるようにして下ハンを握り、またウインドウを見て声をあげた。
「速そう。カッコいい!」
健太郎が私に気がついて困ったような顔で肩をすくめてみせた。その仕草を見て彼女も私に気がついてぺこりと頭を下げた。
「あ、お父さんごめんなさい。ちょっと乗らせてもらってます!こういうハンドルの自転車、乗ってみたかったんです」
「いいよいいよ。お、さまになってるね」
そう返すと彼女の顔にパッと笑顔が広がった。

「スマホ持ってる? 私、忘れてきちゃったから写真撮って」
「え? あ、うん」
健太郎がスマホを向けると彼女は満面の笑みでピースサインをした。
「撮れた? 見せて見せて。あ、iPhoneだ。私と同じ。写真…… あ、やったー、カッコいい。ちょっと貸して」
健太郎からスマホを受け取ると、彼女は素早く何度か指を画面に走らせた。
「私のiPhoneあてに写真送ったから、あとでそれは消しておいてね」
そう言って健太郎にスマホとヘルメット返すと彼女はバイクから降り「ちょっと待ってて」と言って店内に入っていった。そしてすぐにコンビニ袋を下げて店から出てると「これ、乗せてくれたお礼。お父さんと半分こしてね」と健太郎にそれを渡した。そして私に向かって頭を下げ「ありがとうございました」と言って今度は自分の自転車に跨がった。
「こっちこそ案内してくれてありがとうね。帰り気をつけて。お母さんにも宜しく」
彼女は頷いてもう一度頭を下げ、健太郎にも「乗せてくれてありがとう」と手を振って、コンビニの駐車場を出て行った。

「ずいぶん賑やかなコだったな」
彼女の後ろ姿を見送る健太郎に声を掛けた。中学時代の篠田美代子に姿形は瓜二つだが、キャラは随分違ってた。篠田美代子があんな感じの女の子だったらどうだっただろう。中学生の私は彼女に恋をしただろうか。
「賑やかっていうか…… びっくりした…… あ、これ食べる?」
健太郎が彼女に渡されたコンビニ袋から取りだしたのはパピコだった。彼女が「半分こ」と言っていたのはこれのことか。
「あ…… そうだな。食べようか」
健太郎はパピコを二つに割った。空はもう夕暮れだ。健太郎と私は駐車場の隅に並んで座って、篠田夏希のくれたパピコを食べた。

(つづく)

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