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伝説のタイ人女性寿司シェフ「バンちゃん編」

バンちゃんがいたからドイツに4年ものいてしまったというのがある

最初は3ヶ月の約束だったし、戦場のような職場。。

外国人に対する労働許可書の申請は
会社にとってもすごく大変なこと

3ヶ月経ってから社長から
「労働許可書を労働局に申請するからここで働いてくれないか。。」

そう伝えられた。。

「僕は考えさせてください」と返事をして
しばらく考えていた。。

ドイツには仕事をしにきたわけではなく
美味しい白ワイン探しに来た

その白ワインは見つかったのだが
和食を作りに来たわけでもない

でも確実に言えるのは
社長は僕を必要としているということ

そしてそのことを伝えたのは
僕のことをいつもみているバンちゃんだった。

会社にとってみたら労働ビザを持っている人を雇うことが一番簡単だ。
ドイツにしてみたらどこの誰か知らない僕のような外国人に
簡単に労働許可書を発行することはない。

これから会社と労働局との戦いにもなる

ヨーロッパで労働ビザを申請してくれるというのはものすごく貴重なことだ

ヨーロッパに行き「仕事ください、ビザありません、申請してください」
はまずあり得ない。。

外国人に特別に労働許可書を労働局が発行するのは多くのステップがある

でも僕は「なかなかないチャンスを経験をしてみよう!」
という気持ちに切り替えた。

そして社長のため、そしてバンちゃんのために働こうと決めた。

バンちゃんは40〜50代のタイ人出身の女性
ドイツ人の旦那さんと結婚している。

小柄で大きい口の笑顔と声が特徴でお客さんに対しては天使のような人。
職場の中はいつも目をキリキリさせていて怖い雰囲気で、特にタイ人に対してはものすごく怖い。でも僕に対しては全くそれはなく怒られたことは一度としてない。逆に助けてもらったことの方が多いくらいだ。

それでもバンちゃんとは気軽に会話をできるような関係ではなかった。。
バンちゃんは朝番で9時から出勤して5時には上がるシフトを取っていた。
僕らは交代交代で朝番と昼番(12時〜20時出勤)の交互に変わる。

朝番になった時はバンちゃん他の昼番メンバーがやってくる12時までの3時間二人っきりだ。

12時までに与えられた仕事と準備をこなさないといけない。
本当に必死だった。

そしてデパートの中にあったのでデパートの管理人がエレベーターの鍵を開けるのが8時45分。その前に朝番の人は行き、管理人が現れるのを待つ。
1分でも5分でも準備の時間が欲しかった。

バンちゃんは8時55分に必ず現れる。。

バンちゃんと僕は3時間ほぼ会話することはない。
でもバンちゃんは自分のために買ってきた朝食のサンドウィッチの半分をいつも僕に渡してくれた。


バンちゃんは準備の時にタイの民謡音楽を必ずラジカセでかける。

僕はある時からバンちゃんがくる前にその音楽をかけて準備しておくことにした。バンちゃんが登場する時には寿司バーからタイの音楽がかかっている。。

そうするとバンちゃんもさらに機嫌が良くなる。

バンちゃんは握るスピードは男性人よりは早くはないけどもきちんとした握りを握る。半端じゃないオーダーの数をバンちゃんの目の前に並ぶ。それを他の握りメンバーの一人、巻きメンバー二人で対応していく。

17時以降は大抵暇なのでメンバー二人だがたまにバンちゃんの感なのか残っている時がある。その時は本当に神的存在で長年の感というか何というか。。メンバー二人では到底無理な時もある。

大抵夕方は握り一人に対しての巻き一人だがある夜はバンちゃん握り一人で巻き二人でやった時があった。普通ならば薪のほうが余裕ができるのだがあの時だけは違った。。

夜でも昼間と同じような嵐のオーダーがやってきて巻きは二人いても精一杯。。バンちゃんを助けようと思っても間に合わない。。
でもバンちゃんの方を見るとバンちゃんの方が早い!

どういうことか。。。

きっとバンちゃんがトップスピードに入れたのだろう。。

僕はバンちゃんがそのトップスピードに入れた時は2度くらいしかみたことがない。。その時に気づいた。。バンちゃんはいつもは半分の力も出してないということ。。

本当にバンちゃんの力には脱帽した。。

バンちゃんの凄さは洞察力の凄さにもある。
良い人、悪い人を見抜く力もあるし、仕事とプライベートもきちんと分けるし、お客さんの状況やオーダーを全て把握できていてどんなに忙しくても焦ることはなく、周りのお客まで目が向けられている。

よく社長の町田さんが遠くの方の柱に隠れてこっちを眺めている時がある。
バンちゃんはすぐに見つける!

すると大声で「まち〜だ〜さ〜ん!!」と笑顔で叫ぶ。

12月に入ると大きな注文がどんどん入ってくる。
クリスマスイブの24日、そして年末31日用のお持ち帰りのお寿司だ。
10人分、20人分とか1万円分、3万円分とかの注文でオーダーが入る。
半日の勤務で12時までだがお持ち帰りだけで、その予約のオーダーを作るのみ。

それだけでも相当忙しいし、バンちゃんは大きなお持ち帰りの容器に綺麗に盛り付けしていく。一つひとつ違うデコレーションに毎回驚く。。

ある時のクリスマスイブの日、いつになってもピックアップに来ないお寿司が残っていた。約20人前の綺麗にデコレーションした寿司だが、オーダーをよくみたら31日のお客さん用だった。

気合入りすぎて31日のを作ってしまうなんて。。
そのお寿司はみんなで分けてお持ち帰りしました。。

そんなバンちゃんの涙を見たことが1度あります。

それはタイのお母さんが危篤という電話が入った時だった。
あのバンちゃんが急に泣き出して裏の方に行ってしまった。

しばらくしてバンちゃんが戻ってきて
僕は「タイに戻らないの?」と聞いたら
「戻らない」という。。

社長に話せばもちろん戻れるはずだが
どうしてバンちゃんは戻らなかったのか。。

仕事のために戻らなかったのだろうか。


「ここは僕に任せてタイに行っていいよ!」
あの時の僕ではそう言える立場でも実力もなかった。

バンちゃん無しではあり得ない寿司バーだと思っていたのも自分だ。

バンちゃんの代わりになる人はいなかった。。
きっと帰りたかっただろう。。

毎日同じCDを聴いているくらいタイが好きなのだから。。。

そんなバンちゃんは以前にドイツの日本食レストランで働いていた。その環境はここと真逆で日本人調理人の中にタイ人一人。
何も知らないタイ人のバンちゃんがそこで和食や寿司の技術を学んでいたそうだ。

そこで一緒に働いていたのが社長の町田さんで
町田さんが独立してこの寿司バーを開店してお客さんが増えてきた2年目くらいにバンちゃんを連れてきたそうだ。町田さんの右腕としてそれからずっと働いている。

そんなバンちゃんはその日本人だけの環境の中で寂しくなることも孤立することもなくとても優しく良くされていたという。その影響なのか、僕が日本人一人であとはタイ人の環境でも本当にみんな優しく良くしてくれた。。

バンちゃんはタイ人に対してはすごく厳しいが僕には全くだった。。

きっと以前の職場でも同じような環境だったのだろう。そこの日本人料理長は日本人に厳しく、バンちゃんには優しかったのだろう。特に女性でもあるし、いいキャラクターだったのだろう。。

この寿司バーではバンちゃん銀行がある。
タイ人メンバーはバンちゃんに毎月お金を預けている。
メンバー曰く、バンちゃん銀行にお金を入れないと殺されるようだが
バンちゃん曰く、お金の管理がダメなメンバーは持っていると全部お金を使ってしまうので私が預かるようにしているという。。

ある意味、お母さん的存在だ。

でも僕からしたらバンちゃんは寿司シェフでなかったらオリンピックに出ているような女性ではないかと思うくらい強い。

タイにいる時に一度タイ人と結婚していて子供も二人娘さんタイにいる。
その旦那さんはボクサーだと言っていた。きっとバンちゃんはボクサーより強そうだ。。

そんな娘さんがたまにドイツに遊びにくる。。

ある日、娘さんが寿司バーに現れた。。

バンちゃん:「メオ!私の娘だ、かわいいだろう!」

バンちゃんの娘さん、
可愛くないなんて言えるはずがない。。
質問がおかしい。。。

でも本当に可愛い娘さん。。

怒られることに慣れているタイ人メンバーは
「お母さんに似ないで可愛い!」と言うが

バンちゃんは自分が何と言われようとも娘がよく言われると嬉しいようだ。。

そんなバンちゃんが僕に。。

バンちゃん:「メオ!娘が作ったカレーだ!美味しいよ!」

まじか。。。
この寿司バーにしてみたら共産主義のボス的存在で
その娘さんの手料理。。

嘘でもまずいなんて言えないじゃないか。。
本場のカレーってもう想像しただけで辛い。。

でも食べないと言う選択はない。。
食べなくてはいけないだろう。。

気は進まなかったが。。
一口食べてみると

美味しい!!

その数秒後に
今まで味わったことのない辛さが襲ってきた!!

辛い〜〜(心の中で思う。。)

バンちゃん「美味しいだろう?」

僕「はい、美味しいです。。」

もう味覚がない。。辛さで何も味がしない。。

「うお〜ツラすぎる。。。。」
残すことなんて「まずい」と言っているようなもの。。

とにかく味覚なしで食べ尽くす。。

バンちゃん「おかわりあるよ!!」

僕「大丈夫です。。。」

メンバーの一人のタイ人も僕と同じように辛いのが苦手だ。
でも額に汗を出しながら娘さんのカレーをベタ褒めしていた。。

そんな姿を見ていると

バンちゃんは彼らにとって僕以上の共産主義的ボスなのだろう

でも愛があり優しさがありのあの笑顔と笑い声は本当に印象的で

ドイツを離れて他の国で仕事をしてもドイツに遊びにいく時は
バンちゃんと二人で食事に行く。

一緒に働いている時には絶対にできなかったことだが

僕はバンちゃんを本当に尊敬しているし
彼女がいたから僕は世界でも仕事ができるようになった。

伝説のシェフの働き方を近くで見ていたからこそ学べたものが本当に大きいと思う。









全国を愛犬と旅しながら地域の習慣や食などをそこにいる人には気づかない素敵な文化などを伝えてより良い楽しい生活になったらいいなと思います。こんな美味しい食べ物や習慣、生活に気付いたらシェアできたらと思います。私たちが知らない素敵な日本を世界にも伝えたいと思います。