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憂鬱な山

<戦闘的楽観主義を捨てる>
若い頃は、周囲のことに向き合うことを避けていたように思う。人間関係や仕事、目の前にこと、将来のこと、どうにかなるさと、よく言えば「楽観主義」、悪く言えば「その場しのぎ」。そうして多少の冒険主義も失敗も許されたと思ってきたが、山を仕事とするようになって、それが許されないことと実感するようになった。

写真の世界の失敗では、怪我も命も落とさなかったが、事が起こってからでは遅い山の世界で生きるようになって、まだまだ不十分でいつまで経っても未熟ではあることをまず自覚した。自分に足りないものは何か、今から獲得できる力はあるのか、あるとしたらそれは何か。どうやったら獲得できるのか。自分にできないことは何か。

昨年来、山では職業ガイドやそれに準じる方の事故が続いている。まさかあの方が、という人が事故で命を落としている。お客様も一緒に亡くなった事故もあった。

<戦略と勝算>
どんな山に登る時も、事前に計画立案し、どのような作戦でその山に登るかを、たとえ過去に登った同じ山であっても、綿密に立てる。そして、山行が近づくと、悪条件ばかりが浮かんできて、取りやめようか、、と思う時が必ずある。事前の計画と勝算がなければ、山に入ってはいけないと思っているが、大抵はどちらかというと文字通り肉体的にも精神的にも重たい腰を上げて、山へと向かうことが多い。

気持ちの切り替えが起こるのは、歩き出してしばらくした時だ。「これはいけるぞ」という感覚が湧いてきて、良いイメージが頭の中に浮かんでくる。同時に山の声に耳を澄まし、空気の流れを読んで、山と自然が受け入れてくれているかどうか、掴もうとする。

<春の大雨>
今日は、2022年4月27日。室堂に上がってきて8日目。昨夜から春の嵐で標高が高いところまで嵐のように風が強く大雨だった。明け方までしっかりと降り、午前10時ごろから薄日が差し始めた。雪解けが加速している。上高地ではこの雨で道路が土砂崩れで通行止めになっているそうだ。

奥大日最高点への最後の登り

先週から奥大日、立山雄山、別山、剱御前と登ってきた。4月20日の時点ではまだ雪は安定していて、奥大日岳の雪庇も健在だった。一昨日、剱御前の山頂から眺めると、雪庇の一部で崩落が始まっており、他の場所でもブロックの崩壊や斜面の亀裂が見てとれた。

そんなに昔から残雪期の立山を知っているわけではないが、GW直前のこの状態は、今年の雨と高温のせいで明らかに例年とは違う。今日の時点で4月に自分が計画した山行はほぼ無事に終わっているので少し気は楽だが、GW期間中の積雪の不安定さは気になる。

剱岳@剱御前から

数年前のGWの立山では、4月30日ごろに寒波が来て吹雪となり、稜線で2名が遭難して亡くなっている。一昨年は、雷鳥沢のキャンプ場の近くで嵐に遭い、低体温症で行き倒れている著名山岳写真家が見つかった。さらに5年前の4月30日、源次郎尾根から剱岳を目指したパーティが源次郎尾根2峰のコルからエスケープしようとして雪崩れを誘発して滑落。ひとりがなくなっている。

左から黒部五郎岳、薬師岳

GWあたりではこれまで、寒波、吹雪、行動不能、低体温症といった事故が多かったが、今年はこの暑さ。全層雪崩やブロックの崩壊などの危険がある。5月GW明けに計画している山行は雪崩の巣窟を通過するので見直す必要がるかもしれない。

<怪我、病気と付き合う>
2月初旬に秋田森吉山のBCで転倒して左大腿部のハムストリングを損傷した。帰宅後、毎日整体院に通って電気治療とアイシング、マッサージを行ってだいぶ良くなった時に、今度はゲレンデスキーで転倒した。大きな転倒ではなかったが、今度は左足首を捻ってしまった。念のためにレントゲン、MIRを撮り、骨に異常がないことを確認したが、痛みは二週間ほど残り、まだサポーターを巻いている状態だ。身体が資本の仕事だが、その資本は年々目減している。

大日岳に沈む夕日

もし山の仕事をしていなければ、怪我や病気は一病息災ともいう通り、付き合っていけばいいことかもしれない。今回、2回目の捻挫の時には、受傷した翌日にガイド山行を予定していたので、現地に集まったお客様に事情を説明して、山行をキャンセルした。初めての経験だった。本来あってはならないことだが、無理をして登ってガイドに集中できなければ、お客様を危険に晒すことになる。

<山には正解がない>
少しづつパズルを組み合わせるように、最終目標に近づいていくのが、山登りだ。間違ったピースは一旦は噛み合ったように見えて、しばらく後にそれが適切なピースでなかったことに気がつく。完成に至る道は一つではなく、これが正解という方法論もない。偶然、スイスイといく時もあれば、どうしても見つからないピースがあることもある。リカバリーするだけの余裕と方法論を持っていなければ、切羽詰まってしまう。

だが、そうだからこそ、山は奥深く魅力的で、人生をかけて取り組む価値を、自分は見出している。目が覚めるとまた次の山へ、重たい腰を上げているのだ。

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