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雨がやむのが待てないときの対処法(?)

やまない雨はない、だとか、雨のあとには虹が出るよ、だとかそんな言葉を直接的にではないけれど聞いたりSNSで見たりすることがある。

もちろんそれはそうなんだろうな~とは思うし、その言葉に元気をもらい励まされる人もいるのだろう。

だけど私は落ち込んだときにその言葉を見て、でも今傘がなくて雨宿りもできなくて耐えられないほどしんどいです!!!って、雨がやむまで待てません!!!って思った。

晴れを待つ時間、どうやって過ごせばいいのか分からない。終わりがあることが分かっていても、永遠に感じるこの時間。

でも事実、本当に終わりはあるわけでその雨の時の気持ちで生きるのをやめるっていうのはやっぱりとても悲しいことだ。

いつかいいことがあるよ!なんて無責任には言えないし自分も落ち込んでるときそんなことを言われたらあんまりいい気持ちにはならないと思う。落ち込んでいるときには、今私がいなくなっても悲しむひとはいない、と思ってしまうし自分事として考えたときには比較的元気な今でも「生きていてよかった!!!」と思うことはあまりない。

でも同じように苦しんでいる人を見たら多分、「生きてほしいな」って思うと思う。なにも知らないで、無責任かもしれないけど。

だから心に雨がたくさん降って傘もなくて耐えられないってなったら、とりあえずあと1日だけ生きてみる。そのためにもうどうせ明日までだからどうにでもなれ!ってなんでもしちゃう。もちろんなんにもできないならなんにもしない。とりあえず明日を待つ。

それの繰り返し。なんのために生きてるか分かんないけど、とりあえずなんか死ぬのはちょっと怖いし、でも正直生きるのも怖いけどあと1日ならなんとかなりそう。そうやってちょびっとずつ人生を延長してなんとか生きる。

生きてるだけで偉いとか言うけど、働かなきゃ、お金がなきゃ生きていけないし実際の社会の目は厳しい。でも真剣に悩んでる人のほとんどはちゃんとそれも分かってるから、これもまたずーっと働けないわけでもないし、どこかしらに自分のできることとか向いてることはあるはずだから。(バイトを転々として働きやすいところを見つけた私が言うから説得力有り。)

今は休んでも大丈夫。

とか言って、休むのも難しいのだけど!だってどんなに眠ったって不安は消えない=心は休まらないし、社会は動いているのに、みんな頑張ってるのに、って思う。

でも私は気がついたのだけど、これって「頑張ってるときのみんな」と「頑張れない自分」を比べてるのでそりゃあ差があって当然。他人の頑張れない時と自分の頑張っている時はなかなか見えづらいもの。

たくさん頑張って早めに結果を出せる人がいる。でもちょっとずつ頑張りを貯めていけば遅くなるかもしれないけど何かしらの結果は出るんじゃないかな。

長期的に見れば今大きく見えるその差もたいしたことないのだろう。だから少しくらい休んでも大丈夫。と自分に言い聞かせている私。

雨が降りまくってる時まで、自分は頑張れないダメ人間と責めるのはやめよう。そういう時は本当に生きているだけですごいのだから。

頑張れる時に頑張れるだけ頑張ればOK!それに頑張ってないって思いながらやっているそれだって実は頑張らなきゃできないことかもしれないし、「頑張ってる」の基準は下げて甘すぎるジャッジでもいい。

落ち込みやすい私や私のような人は多分人生そのものにたいして完璧主義なのかもしれないね。完璧でない人生には価値がない、なにもすごいことを成し遂げられないなら生きている意味はない、そう思うこともある。だから一つ一つの欠陥が怖くなる。

でも完璧じゃないから個性的だし、歴史に名前は残せなくてもよい人生にはできるんだ、そう!なかなかそう思うのは難しいけど、まあ難しく考えすぎずとりあえず明日まで生きて、いけそうだったらその次の日も同じように明日まで生きて、そうやって小さい単位で人生を捉えて生きていこう。

これは私が私に言い聞かせているだけの記録だけど、同じような悩みを持つ人が同じようにとりあえず明日まで生きようって思ってくれたら嬉しいです。


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