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「つくね小隊、応答せよ、」(52)


「どうだったんだ?」

早太郎が狐と金長へ問いかけた。
金長は興奮した面持ちでそれに答える。

「いやぁ!わっちの出る幕はありませんでしたよ!狐さんの化け術のすごさといったら!もうすごかったんですから!」

早太郎は面白くなさそうに鼻からふんと息を吐き出す。そして狐は怪訝そうな顔で、金長の言葉に首をかしげる。

「…え?私は結局なんにもやってませんけど…」

「またまたぁ、謙遜しちゃってえ」

金長がにやにやして肘で狐をつつく。狐は背筋を正し首をかしげて答える。

「え?いや、わたしが化けるまえに、金長さんがあの兵隊さんと蛇に化けてたから、私は化けてませんよ?」

金長はしばらくにやにやして首をかしげていたが、狐は冗談も嘘も言っているような雰囲気ではない。

「いや、でも、わっちも、その…化けてないですよ?狐さんじゃないんですか?」

「わたくしも化けてません…見てただけです…けど…?」

狐と金長が真顔で見つめ合う。
早太郎は耳の後ろを掻いた。興味がないのだろう。

「じゃあ、あの、のっぺらぼうの兵隊と大蛇って…なんなんですか…」

金長が青ざめたような顔つきで両頬に前足を当てる。早太郎が鼻で笑って言った。

「たぬきの妖怪が幽霊怖がってどうすんだよ」

「は?妖怪じゃねえし、神だし、祭られてるし」

金長が下唇を突き出す。
狐が推理するように、何度も頷いている。

「なるほど。わたくしたちではないし、そしてどうやら森の住民たちでもなさそうですね。
まずジョン・スミスって名前を使ってる時点で、欧米の文化に詳しい何者かの仕業だと思うんですよ。
でまそれにしてもあの蛇は、なんか化けてるようには見えませんでしたけど…一体なんだったんでしょう…」

「ま、考えてもわからんことは、考えるだけ無駄だ。どっちにせよ、これであの兵隊たちが尻尾を巻いてくれりゃいいんだが」

早太郎が、米兵たちの方角をじっと見つめている。



マシュー分隊は、ビーチに出た。

全員が、どっと疲れたように、太陽の照りつける美しい浜辺に座り込む。
全員が派手な半袖に短パンであったなら、モナコのビーチで休む観光客に見えたかもしれない。

「分隊長、なんなんすか、さっきの…」

セルジオがため息交じりに言った。
マシューは首を振りながら、

「“さっき”って、どのことを言ってんだ?」

と、諦めたように答える。
ついさきほど、顔のない米兵が道案内の途中に消え、そしてすぐに、丸太のような蛇が現れたのだ。

「いや、どっちもですよ…分隊長…」

チャーリーが泣きそうな顔をする。
アロはうつむいて膝を抱え、他の兵士たちはうなだれている。

「大きな蛇は、アジアじゃ珍しいことじゃない。さっきのはおそらく、アミメニシキヘビだ」

マシューが答えた。
東南アジアでは、ニシキヘビに人が捕食されるという事件が、昔からたびたび存在している。
蛇で最大のものは十数メートルと言われているが、世界各国の古い部族たちの目撃談などでは数十メートルの蛇を見たというものもある。
そもそも恐竜という巨大な生き物がいたこの地球では、数十メートルという大きさも小さい方なのかもしれない。
そしてそのような生物が生存していれば、音や匂いに鈍感な人間は、捕食する側にとっては安易な食べ物なのだろう。

さきほどの蛇は、顔に複数の銃創を受け、怯んで逃げ出した。武器を持たない人間であったら、背骨を折り、窒息死させ、一日かけて丸呑みできただろうが、あいにく全員が武器を持つ兵士で、餌としては不適格だった。

「じゃあ、蛇がその、アメなんとかだったとしても、あのジョン・スミスってやつは…」

アロがマシューに訊くと、マシューは蝿を追い払うように手をひらひらさせて、厄介そうな顔をしてみせた。

「おい、俺が悪魔払いの神父にでも見えてるのか?あんなもん、知ったこっちゃねえ。見なかったことにするしかねえじゃねえか、それより」

マシューが周囲を見渡し、なにか話しだそうとすると、チャーリーがぼそりと呟いた。

「ほんとに…いたんだな…」

一同がそうつぶやいたチャーリーをゆっくりと見る。

「ほんとにいたんだ、ってどういう意味だ?」

セルジオが疲れた顔で尋ねると、チャーリーは膝を抱え青ざめた顔で話し始めた。

「空軍に、同郷の友達がいてよ、そいつに聞いたんだよ…」

米陸軍の航空隊は、空軍として独立はしていない。陸軍内のひとつの部隊として陸上戦の前に空爆をして、敵の戦力を削ぐのが主な仕事だった。
立場としては低く、勲章をもらえるような仕事はすべて陸上部隊がかっさらってゆく。空軍内では鬱憤が溜まっていた。

この島を占領する前のことだ。
陸軍の空爆や、海軍の艦砲射撃で島の日本軍を弱体化させ、上陸しようとするとき、とある航空隊の空爆部隊のなかでいじめが起きた。

爆撃機の後部銃座を担当していた若い兵の敵機の発見が遅れてしまい、反撃に来た日本軍の戦闘機から機銃掃射を受けた。
結果、爆撃機内の数名が軽い傷を負った。

若い兵が注意をしていれば気づくような簡単で単純な攻撃だった。その兵は反撃がないことをいいことに、居眠りをしていたのだ。

その日から、その若い兵にたいして「トレーニング」と称したいじめが常態化した。ベッドや毛布を小便で濡らされる。食事に唾を掛けられる。なにか喋れば南部訛りを馬鹿にされ、真似される。尻や腹などの痣になりずらい場所を皆に殴られる。それが毎日続いた。
逃げ場のない軍隊内で、その兵は憔悴していく。

戦場なのだから、敵機の攻撃をうけることは当たり前だった。しかし、ただ消耗させられるだけで評価を受けることのない航空隊内部では、鬱憤の矛先が弱い者に向けられたのだ。

そしてある空爆の最中にその若い兵は島に身を投げた。遺体は回収されたが、顔はつぶれ識別できず、首に下げた金属プレートの標札で本人と確認された。

「その若いやつの名前が、ジョンっていう名前なんだとよ…。噂では、身を投げたんじゃなくて、突き落としたんじゃねえかっていう噂もあってよ、それで、」

チャーリーの話を熱心に聞いていた兵たちだったが、マシューが話に割って入る。

「よし、ガールスカウトちゃんたち、少女雑誌のゴシップのお話はこれくらいにしましょう。
さっきの銃声で、俺たちの位置は島中に知れ渡った。パーティー会場に日本人共をお招きしているようなもんだ。
お客様が会場に到着される前に、お出迎えしなきゃならん、さ、かわいいお尻を持ち上げて歩きましょうね」

大蛇を撃った数十発の銃声は、敵に彼らの位置を知らせる。
すべての順序が逆転し、探すことよりも、姿の見えない敵から姿を隠すことが重要になった。

海の上には味方しかない。このまま海岸沿いを歩いて行けば、左側の森の方だけを意識していればいい。マシュー分隊は、そのまま海岸沿いに東に向けて進み出した。

それを見つめていた早太郎が舌打ちをする。

「海づたいに進めば、いずれは滝のあたりだ。おい、金長、狐、次は俺が行くぜ」



マシュー分隊は、銃声を聞かれたことを考慮して、できるだけその場から離れるように海づたいに東へ進む。そのまま進んで行けば、砂浜は丸みを帯びて、やがて彼らは島のくびれのあたりに行き着くことになるだろう。


そしてそのマシュー分隊と、渡邉たちの鉢合わせを阻止するように、三匹は動いている。

しかし渡邉たち三人は米兵をおびきよせ、“滝のあたりには日本人がもういない”ということを確認させ、米兵たちをやりすごそうと現在画策している。

思惑や想定や作戦など、さまざまな要素が絡み合う。

「おい、あれ!みてみろよ!」

仲村が少し大きめの声を出し、ほかの二人を集める。
滝から数十分東へ歩いた島のくびれのあたり。
砂浜が向こう側のちいさな島をかろうじてこちらの大きな島に繋ぎ止めている。その大きな島の森が途切れるあたりに、

それはあった。

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