中緬国境雲南瑞麗市弄島鎮:召武定王城、雷允飛行機製造所跡、雷允国境検問所/中緬邊境雲南瑞麗市弄島鎮:召武定王城、雷允飛機製造廠遺址、雷允通道

瑞麗市中心部から南西に30km程度離れた弄島鎮に到着すると、早速、向かい側のミャンマーシャン州ナムカムから伝わってくる射撃音が聞こえてきて、前日の姐告口岸でシャン州ムセから伝わってきた射撃音よりも大きくて近いように感じられました。以前、広島県内の自衛隊演習場のある街で暮らしたことがありましたが、日々の生活の中で、小さな射撃音が遠方で鳴っているというのとは異なります。弄島鎮中心部の食堂で食事を終えて出てきた頃には射撃音の発生頻度は下がっていて、また、そこから西に向かって離れるほどに音は小さくなっていくように感じられました。高速道路の建設工事現場を迂回して、さらに進むと、雷允古城・召武定王城跡にやってきました。召武定とは、古代に周辺地域の部族を統一して治めたタイ族(シャン族)の王様です。さらに進むと今度は、中央杭州飛行機製造所跡にやってきました。これは日中戦争期に浙江杭州市から疎開してきたもので、現在は陳列室もありますが、残念ながら、当日は開いていませんでした。朱尤科「试论德宏州级文物保护单位雷允中央飞机制造厂遗址的保护与活化利用途径」では、敷地内にある10件の文化遺産が列挙されているとともに、さらなる保護と有効活用に関する提案がなされています(『德宏社会科学』2023年第2期总第69期、2023年6月、117~120ページ)。瑞麗市も弄島鎮も三方をミャンマーに囲まれているという特殊な形状をなしていて、西へ、そして、さらに南へ向かうと、国境フェンスが延々と続いていました。タイ族の集落を抜けて、さらに進むと、遂に雷允国境検問所にやってきました。最近、向かい側のナムカムの避難民はミャンマー側の難民キャンプ等から自宅へと徐々に帰還しつつあるようです。

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剛到距離瑞麗市中心西南方約30公里處的弄島鎮,就聽到了從對面的緬甸撣邦南坎傳來的槍砲聲,感覺比前一天在姐告口岸從撣邦木姐傳來的槍砲聲更大、更近。我曾經一段時間住在廣島縣內一座城市,那裡有自衛隊的訓練場,但與在日常生活中聽到遠處的小炮聲不同。在弄島鎮中心的一間餐廳吃完飯出來的時候,槍炮聲的頻率已經變少了,而且越往西走,聲音似乎就越小。繞過高速公路建設工地繼續前行,就來到了雷允古城、召武定王城遺址。召武定是在古代統一周邊部落的傣族(撣族)國王。再往前走,就來到了中央杭州飛機製造廠遺址。這是中日戰爭時期從浙江杭州市遷過來的,如今設有陳列室,但很遺憾當天沒有開門。朱尤科「试论德宏州级文物保护单位雷允中央飞机制造厂遗址的保护与活化利用途径」一文列出了在該遺址內現有的10項文物,並提出了進一步保護和有效利用的建議(《德宏社會科學》2023年第2期总第69期、2023年6月、117-120頁)。瑞麗市和弄島鎮的形狀都很特殊,三面被緬甸包圍,再向西、向南方向前行,就看到了綿延不斷的中緬邊境圍牆。穿過傣族村莊,繼續往前走,終於來到了邊境檢查站雷允通道。最近,對面南坎的避難者好像逐漸從緬甸一側的難民營等地返回恢復供電的自己家裡。