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いそうろうと春

とある三月下旬の日の、23時過ぎ。いいお店のフレーバーティーをお土産に、会ったこともない彼女は私の部屋を訪れた。私たちは合流して30分で腹を抱えて笑っていた。
本当に会ったことないのだ。さっき最寄駅の前で初めましてと言葉を交わした私と彼女は、私のワンルームの部屋におさまっていいお店のフレーバーティーを淹れて飲んでいる。
彼女の十日間の東京生活のうち、二泊三日は私のワンルームのこの部屋が彼女の宿だ。


関西に住んでいる先輩から連絡が来たのは三月中旬。
「東京で宿を探してる女の子がいるんだけど、みーやんの家に泊めてあげられない?」
というので、二つ返事で引き受けた。東京に何人も友達を持つその先輩が私を選んだのは少しでも理由があるからだろう。
先輩が居候する女の子と私と先輩の3人がいるグループラインを作ってくれて、やり取りを交わす。共通のジャンルではないかもしれないけど、バンドが好きな女の子だそうで、私の家に泊まる間にライブに行く予定を立てているらしい。

彼女の宿探しの理由はこうだ。
関西にも東京にも店がある仕事で働いていて、東京支店に3日、3日あけて4日のヘルプに来ることになったよう。勤務している日は会社でホテルがとられているけど、間である3日間は関西に帰って休む想定らしく宿がとられていない。その間がもったいないから、せっかくだから東京で遊んじゃいたい!ということらしい。

私の家が数日間ホテルになることを受けて、ホテルのアメニティを頑張って思い出す。お金もないし遠出もそんなに好きじゃない私は、ホテルや宿に泊まる頻度がとても少ない。

・メイクを滅多にしないのでクレンジングオイルがないです。ベビーオイルがあるのでいつもそれで落としてます。
・コテとアイロンは今のところないです。くるくるドライヤーがあります。普通のドライヤーもあります。
・電子レンジないです。コンビニ弁当などは温めてから帰宅してください。
・テレビないので望まないでください。
・先週Wi-Fi導入しました。使ってください。
・本たくさんあります。
・洗濯機、冷蔵庫、オーブントースター、ケトルあります。使ってください。
・アパレル店員なのでそれなりに服の量あります。さむいとか、なんかあれば言ってください。
・卵、牛乳、米、納豆、インスタントコーヒー、紅茶、インスタントラーメンは切らさないようにしています。使っていいです。

LINEのノートのコピペです

LINEのノートにうちのアメニティについてまとめたら、「ベビーオイルわかる!私も同じ使い方で使ってる!」と返ってきた。ああこの人となら大丈夫だな、と思った。ズボラな私をちゃんと受け入れてくれる。私ほどズボラでだらしなくはないだろうけど、とても安心感がある返答だ、と思った。


うちに着いてから紅茶を淹れてふたりで飲み話をしていると、電話がかかってきた。仲介に入っていた先輩からだ。どうやらなぜかこの先輩は、東京の私の知り合いの家にいるらしい。
電話の向こう側は何人か人がいるようで、みんなでスピーカーにして私たちと話をしているようだった。酒を飲んでいるようで、コントのようにどんちゃん騒ぎをしている電話の向こうの音声を聞いて私たちは腹を抱えて笑っていた。
ひとしきり笑って電話を切った後、話をだらだらとしながら、ホットカーペットの上に来客用の布団を敷く。修学旅行みたいに自分たちの近況や共通の知り合いの話をする。
部屋に漂う空気は修学旅行の夜みたい。わくわくしてる。

そのうちいつの間にか寝て、それぞれの予定をこなす朝がきた。私は朝早くからバイトがあったので、彼女を起こさないように家を出た。玄関ドアの横のフックに合鍵をかけて。



バイトのあとに友達の家に寄る用事があったので寄ってついでに缶ビールをいただいていたら、仲介に入ってくれていた先輩が後輩と下北沢で飲んでるとのことだったので、ライブ終わりの彼女と連絡をとって合流した。

後輩と彼女は初対面だったのに全くそう感じさせない空気で、ずっと知り合っていたかのような4人での酒の席はとにかく楽しくて、くだらない話もたくさんした。
あまりに楽しかったせいで先輩と一緒に来ていた後輩はナチュラルに終電を逃した。私の家で飲み直そうということになって、みんなで私の家に向かう電車に乗った。

最寄駅の近くのコンビニにわらわらと入り飲み物を買う。コンビニを出ると目の前の桜の並木にはぽつりぽつりと桜が咲いていた。

「ほら!花見ですよ!」後輩が言う。

ほとんどの店が閉まり、コンビニの明るい光が煌々とした私が住む街。真っ暗な夜空に光るのは星ではなく桜だった。

酒を買って私たちはガードレールを背もたれにして座り込み、花見をした。
夜中の1時半。誰も通らない道で、缶ビールや缶チューハイで乾杯をする。私たちだけで独り占めの桜。路上で座り込んでてもそんなに寒さを感じなかったのは、酒のせいか、楽しさのせいか、春のせいか。

半分くらい飲んだところで私の家へ向かい、みんなで川の字になって泥のように眠った。




彼女が関西に帰ってから2週間後、また彼女が同じ理由でうちに泊まりに来た。
割と急な予定だったので、彼女が家にいる2泊3日、私はどの日もバイトがあったので一緒に過ごす時間があんまり取れなかったけど、家に帰ると誰かがいることが私にとってなんとなく安心だったし、家で誰かが待っててくれていることで無駄な寄り道をする気が起きなかった。
あの頃の私はとても寂しがりやだった。


立ち仕事の後はだいたい帰るのすらしんどい。帰る体力が残ってない日なんてしばしばある。
その日は職場でミスをしてしまい、精神的にも参ってしまっていた。おまけに帰る体力が残っておらず、帰りに椅子を求めて安いカフェに入って落ち込みを引きずっていた。
彼女に帰りが少し遅くなることを連絡する。

「今日とても疲れちゃったから予定より遅くなります」
「わかった!」
「今日の夕飯は餃子にしようと思ってたんだけど、作る体力がもう残ってないかも」

「冷蔵庫のこの材料全部使うやつ?作っとくよ」


このLINEがきて、ずっと我慢してた涙が溢れ出てきた。
焼くだけにしておくよ!という元気な回答。おうちで誰かが待っててくれるだけで嬉しいのに、ご飯を作って待っててくれるなんて。期待値なんてなかったけど期待値メーターが振り切れて感情がぐちゃぐちゃになる。

最後の力を振り絞って帰った。あの日食べた餃子の味、忘れていない。


LINEを振り返ってみると、どうやら私はダンボールをゴミの日に出すのをお願いしていたり、郵便物を出すのをお願いしていたりしたらしい。自分の人使いの荒さに驚愕しているけど、ついでにやっとくよ!と彼女が先に言ってくれてたんじゃないかなって思ったりする。きっと多分、いや、そう信じる。


今年も桜が咲き始めた。
桜の大きくなった蕾をみると、あの一分咲きの夜桜と、幼馴染のようないそうろうがいた日々を思い出す。



夜桜を見て飲んだ次の日、私の家から出てそれぞれの今日に向かう私たち。


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