『長くて短い一年 山川方夫ショートショート集成』詳細レビュー

 2023年2月、『長くて短い一年 山川方夫ショートショート集成』(ちくま文庫。以下、『長くて短い一年』)が刊行された。
 本書は、「山川方夫ショートショート集成」の第2巻にあたる。第1巻の『箱の中のあなた 山川方夫ショートショート集成』(以下、『箱の中のあなた』)と同様に、本書も充実した仕上がりとなっている。前回に引き続き、本書の詳細レビューを書いていくことにしたい。

『長くて短い一年 山川方夫ショートショート集成』について

 まず、本書の構成を簡単に見ていこう。
 先述の通り、本書は「山川方夫ショートショート集成」の第2巻にあたる。本書の収録作品は、1964年に刊行され、本書の表題作品集となっている『長くて短い一年』全篇、初期作品「頭上の海」および全集未収録作品2点、連作エッセイ「トコという男」全篇およびその他のエッセイ、そして小林信彦のエッセイ3篇となっている。
 以下、本書の注目ポイントを3つに絞って解説することにしたい。

注目ポイント①『長くて短い一年』全篇の収録

 まず、本書の注目ポイントとしては、オリジナル版『長くて短い一年』全篇を収録していることが挙げられる。
『長くて短い一年』(光風社、1964年)は、山川方夫のショートショートを収めた作品集としては2番目にあたるものである。収録内容は、第一ショートショート集『親しい友人たち』(講談社、1963年)以降に発表された作品が中心である。作者の生前に刊行されたショートショート集としては、この『長くて短い一年』が最後となった。

 ところで、先ほど「山川方夫のショートショートを収めた作品集としては2番目にあたる」などと、少々まわりくどい書き方をしたのには理由がある。実は本作品集には、ショートショートだけではなく、ショートショート以外の短篇もいくつか収録されているのである。

 どういうことかと言うと、本書は、(目次を見れば一目瞭然だが)すべての収録作品をカレンダーに見立てて配列した作品集となっている。だからたとえば、8月の位置に「他人の夏」が、12月の位置に「クリスマスの贈物」が配されている。そのため、このカレンダーの形式に合わせるために、ショートショートではない作品もいくつか追加しているのである。
 具体名を挙げると、「娼婦」「猿」「春の華客」の3篇が、『三田文学』や同人雑誌に発表された初期の習作にあたる。その他にも、「夏期講習」「月とコンパクト」といった、ショートショートと呼ぶには長めの短篇も含まれている。

 そのため、『長くて短い一年』は全体的に見ると、ややまとまりの欠ける作品集となってしまったことは否めない。それ故だろうか、本作品集はこれまでに一度も文庫化されたことがない。2012年に刊行された『歪んだ窓』(出版芸術社)において、この『長くて短い一年』がまるごと収録されたが、一部の作品が作者の別のショートショートに差し替えられていた。ただ、先述の事情を考慮すれば、これはある意味では仕方のないことだったのかもしれない。

 とはいえ、『長くて短い一年』はすでに絶版となって久しい作品集であり、『歪んだ窓』とは別に、オリジナル版『長くて短い一年』の復刊が待たれていたところではあった。それだけに、本書においてようやくオリジナル版全篇を読むことが可能となったのである。

 さて、本作品集のうち、あえて筆者の注目作品を挙げるとすれば――
 正月の二日、初夢を見た老婆に起こる不思議な出来事を描く「なかきよの……」
 1960年代、まだ〈電気計算機〉と呼ばれていた時代のコンピュータを題材にした作品「相性は――ワタクシ」
「箱の中のあなた」の系譜に連なるホラー作品「歪んだ窓」
 作者の母校である慶應義塾大学三田キャンパスを舞台にした青春小説「夏期講習」
 海辺の町に住む少年と都会から来た女優の短い交流を描く「他人の夏」
 SF風あるいはファンタジー風ともいえる小品「邂逅」
 クリスマスをめぐる男女の人間模様を描いた連作短篇「クリスマスの贈物」
 ――となるだろうか。
 ただ、『長くて短い一年』には上記以外にも多種多様な作品が収められている。ぜひ、お気に入りの一作を見つけていただきたいと思う。

注目ポイント②「トコという男」および関連エッセイの収録

 本書の注目ポイント2は、「トコという男」およびその他エッセイの収録である。
「トコという男」は、『エラリイ・クイーンズ・ミステリ・マガジン(EQMM)』に連載された、全10篇およぶ連作エッセイである。架空の人物「トコ」と「僕」とが様々な話題について議論を戦わせるというのが全体の内容で、エッセイではあるが、小説のような味わいを持つ作品である。のちに、エッセイ集『トコという男』(早川書房、1965年)に全篇が収録された。

 本エッセイで俎上に上がるのは、日本人論や文明論といった硬派なテーマから、イアン・フレミングの「007シリーズ」、手塚治虫の「鉄腕アトム」に至るまで、その対象は多岐にわたる。
 そして、本連作の後半において展開されるのが、一連のミステリ論である。読者のなかには、純文学出身の山川がミステリに精通していることに驚かれる方もいらっしゃるだろう。実は山川は、ミステリやエンターテイメント小説に造詣の深い作家としても知られていた。本格的なミステリ作品こそ残さなかったものの、国内外のミステリを耽読し、ミステリに関する様々な言説を残している。

 本連作の中では、ミステリの〝動機〟に焦点を当てた「行動の理由」も興味深いけれど、名探偵という存在について考察した「人間の条件」もまた面白い。
 たとえば、なぜ子持ちの名探偵がいないのか? という問いについて。山川は、「トコ」の口を借りて、次のように説明する。

「いいかい? つまり、彼らは〝天才〟なんだ。ミュータントなんだ。な? そろって子供のないのが、その証拠さ。……彼らは人間が猿を観察するように、人間を観察する。そして、人間が猿ではないように、彼ら天才たちは、すでに人間じゃないんだ。おれたちに、猿の、猿としての部分が不可解なように、彼らは、おれたち人間とは別なところでしか生きちゃいない。」
(「人間の条件」) 

 ――のちに、法月綸太郎のミステリ「リターン・ザ・ギフト」(『法月綸太郎の新冒険』ほか所収)で言及されることになる、このような興味深い言説を残している。
 ちなみに、このアイデアを自ら〝小説化〟したのが、「頭の大きな学生」(『箱の中のあなた』所収)という作品である。ただしこちらは、ミステリではなくSF仕立ての作品となっている。

「トコという男」に続けて、他のエッセイも見て行こう。
 本書のPart 3には、「トコという男」に続いて3つのエッセイが収められている。この中で特に注目すべきなのは、「中原弓彦『虚栄の市』跋」であろう。これは、中原弓彦(小林信彦)の処女長篇『虚栄の市』の巻末に寄せた文章である。今この文章を読むと、小林に対する的確な批評となっているばかりでなく、その後の小林の創作活動を予見するような内容となっていることに驚かされる。

 山川と小林との関係については、本書の巻末に収められた小林のエッセイに詳しい。小林は、『ヒッチコック・マガジン』の編集長時代、当時まだ4、5篇程度のショートショートしか発表していなかった山川を抜擢し、「ショートショート作家・山川方夫」を世に出すきっかけをつくった人物である。また作家と編集者という立場を超えて、公私にわたって親しい間柄だったようだ。
 優れた小説家の陰には、優れた伴走者の存在がある。文芸時評を通して、「純文学作家・山川方夫」を陰から支えたのが江藤淳であるならば、編集者の立場から「ショートショート作家・山川方夫」を支えたのは、ほかならぬ小林だったのではないだろうか。

注目ポイント③全集未収録作品「六番目の男」「十八才の女」の収録

 順番が前後したが、Part 2の収録作品を見て行こう。
 本書のPart 2には、3つの作品が収められている。『三田文学』に発表された初期作品「頭上の海」、および『山川方夫全集』未収録作品の「十八才の女」「六番目の男」である。

 このうち注目すべきなのは、やはり2つの全集未収録作品であろう。
 まず「六番目の男」は、ラジオドラマの脚本として執筆されたコメディ作品である。実は山川は、学生時代よりラジオドラマの脚本の仕事を手掛けていた時期があり、小説家デビュー後も、事あるごとにラジオやテレビドラマの仕事に携わっている。
 本作品が気に入った方は、ぜひ他の脚本も読んでみてほしい。冬樹社版『山川方夫全集』の第4巻、筑摩書房版では第7巻に、主な戯曲・放送台本がまとめられている。ショートショートとの関連で言えば、「叱られる」といったコント作品や、自作の「一人ぼっちのプレゼント」(『クリスマスの贈物』の中の一篇)を脚色した「海と花束」(筑摩書房版のみ所収)等の作品がある。

 そして、本Partでもっとも注目すべきなのが、ショートショート「十八才の女」である。おそらく山川方夫ファンの読者でも、本作品の名ははじめて目にするという方がほとんどだと思う。1964年、北海道拓殖銀行のPR誌『すずらん』に掲載された作品だが、雑誌に発表されたきり、今日まで『山川方夫全集』を含むどの作品集にも収録されたことのない、〝幻の作品〟と言うべき一作である。
 全集に収録された他のショートショートと読み比べてみても、本作品のみが収録されなかった理由が特に思い浮かばない。これはあくまでも筆者の推測だが、①編集委員の手元にあったのが雑誌の切抜のみで、しかも一部分が欠けており、②掲載媒体の稀少性ゆえに当該号を入手することがかなわず、本文を完全に復刻することができなかった――というのが、主な理由ではないだろうか。
 作品そのものは出色の出来というほどではないが、半世紀以上の間埋もれていた作品ではあるので、書籍化すべきタイミングにさしかかっていたのだろう。

 私事で恐縮だが、「十八才の女」は筆者が情報提供させていただいた作品である。編集作業が大詰めを迎えていたのにも関わらず、本作品の収録に尽力してくださった編者の日下三蔵氏をはじめ、関係者の皆様、そして日本近代文学館のスタッフの皆様に、この場をお借りして感謝を申し上げます。

まとめ

 以上、『長くて短い一年』について、ごく簡単ではあるがレビューさせていただいた。最後に、「山川方夫ショートショート集成」全2巻の総括をしていこう。

 本集成は、「山川方夫のすべてのショートショートを文庫化する」というコンセプトの下に編まれた、これまでにない画期的な作品集である。近年刊行された山川方夫のショートショート集としては、『夏の葬列』(集英社文庫)と『親しい友人たち 山川方夫ミステリ傑作選』(創元推理文庫)の2つが代表的なものであったが、本集成は、それらに続く新たなスタンダードとなるだろう。

 すでに他の記事でも書いたことだが、本集成は、まったくの山川方夫初心者よりは、すでに山川方夫ファンとなっている方におすすめである。特に、「夏の葬列」等の有名なショートショートをすでに読破しており、さらなる山川作品を求めているという読者も一定数おられると思う。本集成は、そんな読者にとってうってつけの作品集となっている。

 本集成によって、「ショートショート作家・山川方夫」が再び脚光を浴びることを切に願っている。

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