イメコン診断を受けたらかえって自由になった話

私は子どもの頃からおしゃれが好きだった。お洋服を買いに行くときはいつもウキウキだったし、七五三も親や店員さんのアドバイスなんて聞かずに自分の好きな着物をすぐに選んでしまった。
お化粧にも興味があった。母親の化粧道具をこっそり覗いては口紅をつけてみたり、アイシャドウパレットを開いてみたり。でも大学に入るまでは化粧なんてほとんどしたことがなくて、バラエティショップの化粧コーナーを横目で見ながらも近づく勇気がなかった。

何となく、お化粧が好きだとかおしゃれが好きだと言うのにためらいがあった。すごく可愛い子が言っていたらなるほど説得力があるだろうけど、私はどこにでもいるようなパッとしない容姿の女子だから。割と瘦せ型ではあるけど背は高くないし脚も細くない。奥二重と幅の狭い二重の目はアンバランスだし、サイズも小さいから笑ったら線みたいになってしまう。
そして何より、分厚い唇が嫌いだった。たらこ唇だとからかわれて、どうやったら唇が薄くなれるんだろうとネットで検索して色々マッサージを試したりもした。色が紫っぽくて可愛くないのも嫌いだった。カバーしたくて色付きリップを買って塗ってみてもほとんど変わらず、もっと肌が白かったら良かったのかもしれないと色白で肌がきれいな友達を思い浮かべ、落ち込みながらこっそり引き出しに仕舞った。

そんな私も大学生になって化粧を覚えた。化粧道具を必要最低限しか持たない母親が「ベースメイクは良いものを使ったほうがいいから」とデパートに連れていってくれた。
下地とファンデーションを買って、ついでにと口紅を選ぶときに店員さんがローズ系の落ち着いた色と赤リップを持ってきてくれた。唇がずっとコンプレックスだった私は目立たなさそうなローズ系の色をまず塗ってもらったけれど、お世辞にも素敵とは思えなかった。寒い日のプール上がりの唇の色よりもっとひどい。なんだかオバQみたいだった。でも化粧ってこういうものなのかもしれない。がっかりしながらもう一本の赤リップ (チェリーレッドのようなピンクみのある赤だった) を塗ってもらって、息を呑んだ。鏡の中の自分がぱっと華やかになっていた。
こんな華やかな色を選んでいいんだろうか。迷いながらも「赤のほうがずっといいよ」と言う母に背中を押されて赤い口紅を買った。


大学生になってバイトを始めてからは、バイト代で少しずつ化粧品を買い集めるようになっていった。スマホで人気のコスメを調べては一番人気の色を買って、ドキドキしながら塗ってみた。高校生までは近づきがたかったコスメ売り場に立ち寄れるようになった。大学帰りにバラエティショップに寄っては新作コスメを眺めるのが楽しみだった。
でも一つ問題があった。アイシャドウ・リップ・チークなどいわゆる「色物」には本当に色々なカラーがあるのだ。リップでもオレンジ、ピンク、赤、ブラウン、コーラルなどなど。どれがいいのか正直分からない。そんなときにパーソナルカラーを知った。私は肌が黄色いし、目や髪の色も暗め、ファンデは標準色を勧められるから色白でもないだろう…と自己診断サイトの質問に答えて出た結果は「イエベ秋」だった。よく分からないけど、とりあえず深みがあって黄色っぽい色を選べばいいらしい。そう思って洋服選びや化粧品選びに活かしてみたものの、どうにもしっくり来ない。
その後安価で受けた診断ではイエベ春の明るい色、パステルカラーがよく似合うと淡い色を勧められた。サンリオのキャラクターのような明るい可愛らしい色に落ち着かない気持ちになりながらも、可愛い色を使う口実ができたようで嬉しい気持ちもあった。
ところがやっぱりしっくり来ない。淡いピンクの口紅なんてそもそも私の紫がかった唇の上では色がほとんど出てくれないのだ。評判の良い色のリップを百貨店でタッチアップしてもらって心の中で首をひねった。私のセンスの問題なだけで、本当はこれが正解なのか?
100点満点の自分の状態を期待しすぎていたのかもしれない。そう思い当たるとこれまでの試行錯誤が恥ずかしいもののような気がした。私なんてこんなもんだ。そうだよ、最初から知っていたじゃないか。
それからも化粧品は買っていたけれど、できるだけ自然な色を、目立たない色をと無意識に売り場を見渡している自分がいることにも気が付いていた。最初に買った口紅以来、もう赤い口紅を手に取ることはなかった。


それからまた1年くらいの間に、パーソナルカラーという概念はどんどん有名になっていった。実際に診断を受けた友人がそれまで以上に華やかに魅力的になっていくのが素敵で、その友人に紹介された別のイメコン診断を受けるのと一緒にパーソナルカラーも受け直してみることにした。何を使ってもイマイチに感じてコスメ選びで迷走している現状が少しでもマシになれば儲けもの、くらいの気持ちだった。
ところが、私の予想はあっさりと打ち砕かれた。「ブルベ冬ですね。」絵具の色をそのまま出したような鮮やかで華やかな色がよく似合う、と言われた。
こんな華やかな色を使っていいの?目を白黒させて勧められたカシスカラーの口紅を塗って鏡を覗き込むと、鏡越しの自分と目が合った。戸惑ったような表情の中に期待が滲んでいる。私、地味なんかじゃないんだ。可愛いけど私が使えるものじゃないよね、と手に取ってみては置き場に戻した赤い口紅も、星屑をそのまま詰め込んだみたいなシルバーラメのアイシャドウも、使ってよかったんだ。
似合う色を知ってから、過去のコンプレックスに目をやることができた。ローズ系のリップを塗ったら寒々しくなってしまったのは、私には鮮やかさが足りなかったから。血色の悪さをごまかそうと買った色付きリップを塗ってもほとんど変化がなかったのも同じ理由。鮮やかな色のリップをつけた唇がセクシーで映えると美容部員さんや友人に言われて、嫌いだった厚い唇を初めてチャームポイントだと思えた。
私は私でよかったのだ。「誰にでも似合う」と店頭で紹介されているコスメが似合わなくても、私にぴったりなものが別にあるだけだったのだ。もう誰かが作り上げた理想の女の子像に縛られる必要なんてない。「可愛い」の解答例はひとつじゃなくてもいいだろう。


しかし、パーソナルカラー診断を受けて似合う色だけを選ぶようになったかと言われたら答えはNOだ。それは、私がイメージコンサルティングは縛られるものではなく、自分という素材を楽しむための一つのツールだと思っているからだ。合う人もいれば合わない人もいる。初めから似合うものを感覚的に理解している人、自分の世界観を確立しておしゃれを楽しんでいる人には必要ないのかもしれない。
重要なのは、「私は私で魅力的だ」という自己肯定感を根っこのどこかで持っていることなのではないかと思っている。誰かと比較して自分を下げる必要もなければ、誰かを下げる必要もない。私が私で魅力的であるように、あなたはあなたで魅力的なのだ。


メイクが好き。おしゃれが好き。ファッションが好き。だから今日も私は赤い口紅を塗る。