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【イチ×ココ#9】これって依存?オピオイドの不適正使用を考える

オピオイド鎮痛薬、特にレスキュー薬を使っている患者さんと普段接していると、「この人、すごく頻繁にレスキュー使ってるけど…これ良いの?依存症ぽくなってない?」とモヤモヤした経験をすることはないでしょうか。

もちろん、痛ければレスキューは使って良いし、モルヒネ・オキシコドン・ヒドロモルフォンといったオピオイド鎮痛薬は使用上限が原則ないので、理屈からすると何回使っても良いはずです。
でも、一日でレスキューを10回とか使われると不安になってくる…という気持ちも分かりますので、今回はそういった場合の対処法を考えてみましょう。


1)オピオイド鎮痛薬の不適正使用について

最初に用語の整理をしたいと思います。この辺の用語は定義があいまいだったり、複数の解釈があったりするので、ちょっと長くなりますが、誤解のないようにしたいと思います。

まず、一般的に使われる「中毒」という言葉の使い方には注意が必要です。毒性のある物質を摂取したり、薬物を毒性が発揮される量まで摂取してしまうことによる、救急医療で言うところの「急性中毒」とややこしくなるからです。
なので、今回は「オピオイド鎮痛薬の使用がやめられないor使いすぎてしまう」というニュアンスの場合は「依存」という言葉を使います。
さらに細かく言えば、止めたら身体的な離脱症状が出る状態を「身体依存」、症状は出ないけれど使わずにはいられない”渇望”が生じる場合は「精神依存」と言います。
鎮痛薬なのに鎮痛以外の目的で使ったり、必要以上の回数・量で使用することを「乱用」と言います。
そして、乱用を含む広い概念として、何らかの問題がある管理・使用方法を「不適正使用」と言います。
上記のように定義しますが、もちろん複数の定義に当てはまる状態もあると考えて、読み進めてください。

さて、これらの中で特に問題だと考えられるのは「精神依存」「乱用」「不適正使用」です。
(身体依存による離脱症状は本人の意思と関係なく生じる「病態」であり、オピオイド鎮痛薬を使うのは妥当な「治療」ですので、身体依存をきっかけに精神依存や乱用をきたさないよう注意すれば良いかと思います)

海外では近年「オピオイド・クライシス」と呼ばれるオピオイドの不適正使用が社会問題となっています。
2017年をピークに減少に転じているものの、アメリカでは1日に100人以上がオピオイドの不適正使用によって亡くなっていると報じられているのです。
オピオイドによる死亡例の報告などほとんどない日本とは、あまりに状況が違ってピンと来ないような話ですね…。

なぜこんなにも違うのかというと、日米の文化的背景が色々と異なるというのもありますが、大きな違いの一つとして、アメリカでは”がん性痛”だけでなく、”非がん性痛”、特に手術後の痛みや外傷による痛みなどの急性痛にもオピオイド鎮痛薬が積極的に使われてきたという点が指摘されています。

一方、日本ではモルヒネやオキシコドンなどの、いわゆる強オピオイドと呼ばれる鎮痛薬の多くが”がん性痛”にしか使えないようになっているなど、世界一厳しいとも言われる管理体制が敷かれています。
(イチ×ココ#6 参照:https://note.com/pcop/n/nd38d58a99c86
一部のオキシコドン徐放製剤やフェンタニル貼付剤は、医師がe-learningを受ければ”慢性痛”に対して処方できますが、できるだけ少量・短期間で使用するようにと厳しい基準が掲げられています。

現在のような管理体制が維持されるなら、日本がアメリカのようになることはまずないだろうと予想されます。
なので、海外の報道を受けて必要以上に怖れる必要はないでしょう。
ただ一方で、稀だからこそ、オピオイド鎮痛薬の不適正使用を疑った場合にきちんと対応できる医療者が少ないという弱点はあるかもしれません。


2)不適正使用を疑ったら、どうするか

さて本題に戻りましょう。皆さんが臨床の場面で、オピオイド鎮痛薬のレスキューを頻回に使っている患者さんに気付いたとき、どうすれば良いでしょうか。

まずはアセスメントです。その患者さんがなぜ、頻回にレスキューを使う必要があるかを確認します。
率直に「なぜそんなに頻回にレスキューを使うのですか?」と聞いてもいいのですが、患者さんによっては「え!頻回に使うと何かマズいの?」と不安にさせたり、「痛いから使ってるに決まってるだろ!」と怒ったりするかもしれません。

一つお勧めの方法は、痛みの記録をつけてもらうことです。ノートなどに、いつレスキューを使ったか、使う前のNRS(痛みを0~10点で評価するスケール)はいくつで、使った後のNRSはいくつになるのかなどを記録してもらいます。
自分で記録するのが困難な場合は、入院中であれば看護師がレスキューを渡すときにNRSを確認し、約1時間後に再度NRSを確認しに行くと良いかと思います。
そうすると、どういうきっかけでレスキューを使うのかレスキューを使って痛みが改善するのか、といった情報を得ることができると思われます。
本当に痛くて頻回にレスキューを使っていたり、痛みがレスキューを使っても改善しないのなら、鎮痛薬を増量・変更するなどの対応が必要です。
痛くなりそうなタイミングが経験上予想できて、予防的に使っているとすれば、ある程度レスキューの頻度が多いのは許容するか、他の方法で痛みの出現・増悪が避けられないか検討が必要でしょう。

そういった問題ではなく、やはりこのレスキューの使い方はおかしい!と思えたときも、対応には注意が必要です。
我々からすると不適正使用であっても、患者さんは本当に困っていて、ワラをもすがる思いでレスキューを使っているのかもしれません。
なので、頭ごなしに「これは乱用だ!不適正使用だ!」と断じる前に、まずはじっくりと、患者さんが何に困っているのかに耳を傾ける必要があります。

もちろん、理由があっても妥当な鎮痛目的以外にレスキューを使ってはいけませんから、そこは毅然と「こういう使い方はいけません」と説明しつつ、別の解決策を提示する必要があります。
ただ、こういった対応は一歩間違えるとトラブルの原因になりますので、なるべく医師や薬剤師を含む多職種で、慎重に対応を検討してから患者さんと話し合ったほうが良いかもしれません

また、すでに頻回にレスキューを使うことが当たり前になってしまっていて修正が難しそうな場合は、オピオイド鎮痛薬の使用に習熟した緩和ケアチームなど専門家に相談しながら離脱を図ることをお勧めします。


3)おまけ:緩和ケア以外の領域で気を付けるべきこと

ここまでは緩和ケアで用いられる、強オピオイドのレスキューを例にとって説明をしてきましたが、むしろ個人的に心配なのは、弱オピオイドに分類されるペンタゾシンの依存だったりします。

ペンタゾシンは医療用麻薬に指定されておらず、呼吸抑制・循環抑制が少ないという便利さから、術後などの急性痛に対してよく用いられていますが、効果発現・消失が早いため、身体依存、さらには精神依存を引き起こしやすいと指摘されています。
なので、頻回・長期間のペンタゾシン使用は極力避け、術後であればフェンタニルの持続静注など持続的な鎮痛方法を検討する必要があると考えます。

そういえば以前見かけた症例報告で、医師だと身分を偽って複数の病院の救急外来を受診し、ペンタゾシンを打ってくれと言って暴れたという強烈な話もありましたが…(日救急医会誌 2014; 25: 307-12.)

医療用麻薬かどうかは関係なく、オピオイド鎮痛薬を扱う際には十分な知識を持っておくか、そうでないなら専門家の協力を仰ぐことが必要なのだろうと思います。
感染症の領域で良く使われる言葉ですが、「正しく知って、正しく怖れる」ことは、オピオイド鎮痛薬の使用においても重要な考え方と言えるのでしょう。

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