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【イチ×ココ#6】非がんにも! モルヒネを上手に使いこなす

皆さんは、”モルヒネ”という薬にどのようなイメージをお持ちでしょうか。
およそ200年前から使われている薬なのに、いまだ現役。他のオピオイド鎮痛薬がたくさん世に出ていても廃れないのは、優れた薬であることの証明だと思います。

一方でモルヒネと言うと、患者だけでなく医療者も「モルヒネ!?」と一歩引く…そういったイメージを持たれている薬であることも事実です。
しかし私個人の意見としては、モルヒネを上手く使えるようになると、症状緩和の質は大きくレベルアップするといって過言ではないと思っています。
そこで今回は、古いけれども使える薬、モルヒネについてまとめてみようと思います。


1)モルヒネの良い特徴

日本では現在、オキシコドン、ヒドロモルフォン、フェンタニルといったモルヒネ以外のオピオイド鎮痛薬を使用することができます。
いずれのオピオイド鎮痛薬も、後に挙げるモルヒネの”欠点”を補うべく改良された薬と言えますから、使用する頻度で言えば、モルヒネよりモルヒネ以外の薬剤の方が高いと思います。

しかし、他のオピオイド鎮痛薬にはないモルヒネの良い特徴がいくつかあるので、それを挙げてみましょう。

①がん以外にも、痛み以外にも使える

たとえば「モルヒネ塩酸塩注射液」の添付文書の適応症を見てみると、

激しい疼痛の鎮痛・鎮静、激しい咳嗽の鎮咳、激しい下痢症状の改善

と書いてあります。
痛みだけでなく、咳などの呼吸器症状や下痢にも使っていいと初めて知った人もいるかもしれませんが、
さらに注目してほしいのは、どこにも”癌”と書いていないところです。つまり、どんな疾患の痛み・咳・下痢にも使用して良いということになります。
実はオピオイド鎮痛薬のほとんどは適応が「癌性疼痛」に限定されており、いわゆる強オピオイドの中で癌以外に使って良いのは、モルヒネ塩酸塩の原末・錠剤・注射液と、フェンタニルの注射剤のみということになっています。
(※オキシコドン徐放錠とフェンタニル貼付剤の一部は、e-learningを受ける等の条件を満たせば慢性疼痛に使用できますが、制限が多くあります)

昨今、心不全などの「非がん疾患の緩和ケア」が注目されるようになり、私も救急医・集中治療医の先生方と一緒に勉強会をさせていただいたりしていますが、モルヒネはそういったシチュエーションでも活用できる薬剤だと思われます。
鎮痛作用だけでよければフェンタニルも良い選択ですが、心疾患・呼吸器疾患による呼吸困難がある場合は、対症療法としてモルヒネの使用も選択肢です(※フェンタニルの呼吸困難への効果は証明されておらず、国内外のガイドラインでも呼吸困難への使用は推奨しないとされています)。

ちなみにコデインという薬は、昔から咳止めとして薬局でも手に入るような薬ですが、コデインは飲むと肝臓でモルヒネに変換されて鎮咳作用を発揮する、という話は意外に知られていません。
なので、「モルヒネというと特別な薬に聞こえるでしょうが、同じような薬が薬局で買えるような、案外身近な薬なんですよ~」という話を、モルヒネへの抵抗感を薄めるために患者さんにしたりすることもあります。

②他のオピオイドが効きにくいときに使える

モルヒネ以外のオピオイド鎮痛薬は、その有効性の証明として、モルヒネに対して「非劣性」、つまりモルヒネに負けない効果があることが示されています。
そのため理論上は、世にあるオピオイド鎮痛薬の鎮痛効果はどれもモルヒネと”同等”であると言えるのですが、経験的に、モルヒネは他のオピオイド鎮痛薬が効きにくい症例でも効いてくれる印象があります(※メサドンという特殊なオピオイド鎮痛薬は除きます)。

使用中のオピオイド鎮痛薬が効きにくくなったり、増量しても痛みの改善が得られにくいときは、オピオイド鎮痛薬の耐性化を疑い、”オピオイドスイッチング”(←昔はオピオイドローテーションと言ってました)といって別のオピオイド鎮痛薬への変更を考慮します。
スイッチングの際、どのオピオイド鎮痛薬に変えるかに明確な決まりはないのですが、痛みが取れなくて困っているのであれば、モルヒネに変更するのが痛みが改善する可能性が最も高いかと思われます。
その理由はちょっと難しいのですが、おそらく、モルヒネが他のオピオイド鎮痛薬より多くのサブタイプのオピオイド受容体に作用すること、そして耐性化が比較的起こりにくいことに理由があるのではないかと思われます(諸説アリ)。
いずれも基礎研究レベルでの話で、臨床研究としてのエビデンスは十分ではありませんが、これを支持するような症例報告はいくつかあります。

  新城拓也, 他. Palliative Care Research 2007; 2(1): 306-309. など

③剤型が豊富

オピオイド鎮痛薬を選ぶうえで、剤型は重要です。なぜなら、たとえば頭頚部癌や食道癌で、経鼻胃管や胃瘻から薬を投与しなければならない患者さんも少なからずいらっしゃるからです。
モルヒネは歴史も長いためか、様々な剤型があります。坐薬があるのはオピオイド鎮痛薬のなかでモルヒネだけですし、内服薬も、一部の製剤は細粒だったり脱カプセルできるようになったりしていて、経鼻胃管や胃瘻からも投与可能です。
貼るだけで良い、というフェンタニル貼付薬には「お手軽感」で劣りますが、フェンタニルが効きにくい場合の次なる手として、モルヒネ製剤が役立ってくれることは大いにあります。


2)モルヒネを使うときの注意点

モルヒネの良いところを挙げてきましたが、良いところばかりなら他のオピオイド鎮痛薬は生まれないわけで、当然ながら欠点もあります。

①便秘などの副作用が多い

先程も書きましたが、モルヒネは多くの種類のオピオイド受容体に作用します。そのぶん「効きにくい」ということも少なくなるのですが、反対に、色々な受容体を刺激してしまって、副作用の頻度が多めになります。

代表的なものが便秘で、程度の差はあれ、モルヒネを使う人はほぼ100%、便が出にくくなるとも言われます。
ただ便秘に関しては、2017年から使えるようになった”ナルデメジン”というオピオイド誘発性便秘症の特効薬がよく効いてくれるので、以前よりはあまり気にしなくて良くなりました。

それ以外には、痒み、ミオクローヌス、尿閉といったオピオイドの稀な副作用が、モルヒネは比較的多いようです。

②低腎機能の場合は要注意

これは良く知られた特徴ですが、モルヒネは肝臓で代謝(※グルクロン酸抱合という水に溶けやすくする処理)をされて、尿に混ざって体外へ出ていきます。
ただ、腎機能が悪くて尿が出ていかない場合は、体の中にモルヒネの代謝物が溜まって、強い眠気や、最悪だと呼吸抑制を引き起こします。

こういった特徴から「腎機能が悪いとモルヒネは禁忌」と思われていたりするのですが、厳密に言うと、添付文書上は禁忌ではありません
蓄積する可能性を考慮して、ごく少量から、眠気や呼吸抑制に注意しつつ慎重に使えば、使えないということはありません。

ちなみに個人的にはモルヒネが他のオピオイドと比べて呼吸抑制が多いとは思いませんが、気を付けなければいけないのは効果発現が遅い点です。
繰り返し静注した場合、1時間後くらいに効果のピークが来ることがあるので、使用した後はしっかり呼吸状態の観察が必要です。

③薬のイメージが良くない

これは薬の特徴というより社会的・文化的な問題と言えますが…
長年かけて社会に浸透した”モルヒネは危ない薬”、”終末期に使う薬”という偏ったイメージは現実としてあります。
そのため、私は特に理由がないかぎりモルヒネをオピオイド鎮痛薬の第一選択として使いません。
ただ、どうしても使う必要がある場合には、上記のような利点と欠点を丁寧に説明するとともに、不安に傾聴し、粘り強く必要性と安全性を説明するしかないだろうと思われます。


3)まとめ:具体的な使い方

ということで、今までの話をまとめると、モルヒネを使うポイントは以下のようになります。

・激しい痛みがあれば、癌でなくても使える
・激しい咳や呼吸困難、下痢に対しても使える
・痛みに対して使用する場合は、他のオピオイド鎮痛薬が効きにくい場合にスイッチングして使うか、投与経路が限られる場合に使うことが多い
・便秘などの副作用に注意し、適宜下剤やナルデメジンを使用
・特に腎機能が低い場合は、少量から開始して慎重に増量していく
・モルヒネに対する患者がもつイメージに配慮し、丁寧に説明する

具体的な用法用量については、PCOPのスライドで紹介していますので、良かったら参考にされてください。

モルヒネは気軽に使える薬ではないかもしれませんが、いざというとき使えると、患者さんの苦痛を和らげることが少なからずあると思います。
癌に関わる方も、そうでない方も、モルヒネのことを正しく知り、「使ったことがないから」と選択肢から外してしまわず、まずは使用経験のある医師らと一緒に使ってみていただけたら、と思っています。

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