クッキーバナー誕生の秘話と開発者の思想
プライバシー保護を推進するために新しいテクノロジーが続々と誕生しています。
今回はテクノロジー起業家として複数のスタートアップに関わり、有名なクッキーバナーを開発したGilbertさんにプライバシーテクノロジーの動向とこれからをお伺いしていきたいと思います。
Kohei : 今回のPrivacy Talkは英国からGilbertさんに参加頂いております。彼はプライバシーだけでなく新領域のテクノロジーにも精通しているので、今日は新しいテクノロジーの動きに関するお話を聞けるのではないかと思い楽しみにしています。Gilbertさん本日はお越し頂きありがとうございます。
Gilbert: こちらこそありがとうございます。インタビューでお話しでき光栄です。
Kohei: ありがとうございます。先ずはGilbertさんのプロフィールの紹介です。Gilbertさんはプライバシーテクノロジーの専門家で起業家です。 Gilbertさんはフランスのパリと英国に拠点を持つスタートアップフィンテックスタートアップFinFloの立ち上げに関わり、マーケターとして活躍しました。その前にはシティグループでアセットマネジメントに従事し、シティを離れてからは自ら広告代理店を立ち上げマイクロソフトやフォルクスワーゲンをクライアントに、アド広告のソリューションの提供を行っていました。
欧州のクッキー法制定により企業に大きな影響があると予測し、クッキーの監査とユーザー通知を行うウェブサイト管理者向けのソフトウェアへ事業をピボット。開発したソフトウェアをOneTrustへ売却し、その後ブロックチェーンスタートアップTapmydataのCEOに就任。現在は英国データマーケティング協会のレスポンシブマーケティング委員、データマーケティング協会カレッジのチューターを務めています。
改めまして Gilberさん。今回はインタビューにご参加いただきありがとうございます。早速インタビューに移っていきたいと思います。まずはGilbertさんのご経歴に関してお伺いしたいのですが、今はデジタルマーケティングとプライバシー分野でどのようなお仕事をされているのでしょうか?良ければこの領域に関わり始めた理由もお伺いできると幸いです。
考古学から行き着いたターゲティング広告
Gilbert: かしこまりました。今日までの私のあゆみを紹介しますね。もう年齢を重ねてしまいましたが、今思うとプライバシー分野に関わり始めたのは正直間違いだったのかもしれませんね。
法律やアカデミックの世界とは少し違った視点からプライバシー業界に関わることができたのはとてもよかったと思います。私のバックグランドは考古学と人類学ですが、そのことを朝のラジオで誰かが考古学の話をしている内容を聞いて思い出しました。この分野はとてもエキサイティングな内容ですよ。
考古学や人類学の研究を通じて、過去の状況が今現在の私たちの行動パターンと近しい点が多々あるなということに気付きました。過去を知るためには考古学以外にも様々な角度から研究を掘り下げる必要性を感じたので、思究の世界や考古学者として仕事をするだけでは難しいと考えるようになりました。
そこで、研究者の道を離れて民間のシティグループ卒業生研修プログラムに応募して働くことになりました。プログラムを通じて大企業がどのようにデータを活用しているのかを知り、1000年前に生まれた規制業界の大きな変化を学びました。丁度ドットコムバブルが来た時期だったのですが、当時の私の仕事は銀行の2つのマーケティングチェネルの立ち上げを担っていました。
今では当たり前のウェブやメールマーケティングにデータを活用する仕事です。その仕事はドットコムバブルが起きるまで続けていたのですが、バブルが起きたタイミングで大学の友人と一緒にウェブ代理店を立ち上げることを決めて、同時に会社を離れました。
友人と二人で立ち上げた新しい会社では行動に合わせたターゲティング広告とマーケティングをサービスが徐々に軌道に乗り始め順調に成長していました。大学で学んだ考古学の知見を生かし、私たちのチームでは原始的なクッキー等の技術を活用するようにしていました。
企業にとってクッキーは重要な仕組みの一つ
その事業を始めるまでクッキーが企業の広告にとって重要な役割を持つものであると全く理解していませんでした。クッキーの技術を活用するまで、私たちはオンラインショッピングの経験しかなかったので、重要なのは購買が発生(コンバージョン)しているかどうかであってチーム内でもクッキーはただパーソナライズされたサービスを提供するためだけのツールだと思っていました。
サービスを提供し始めてからわかったことはクッキーは誰が何を購入したのか購入の履歴を辿ることができるということです。個人の趣向を特定するための方法としてクッキーを利用した行動ターゲティングが何兆円ものビジネスになる可能性があることを、実際に事業で取り入れ始めて理解しました。
丁度私たちがクッキーを提供し始めた頃が行動ターゲティングのマーケットが誕生するタイミングで、私たちはクライアントに行動ターゲティングのサービスを提供していました。ただ事業の成長と同時に、欧州でクッキー規制やプライバシー指令の話が具体的に出てきていたので、事業が拡大するに伴って大きなリスクになるのではないかと気掛かりでした。それから10年以上がたった今ではデータ保護規制を強める動きへと変化してきています。
図:クッキー規制からデータ保護規制を強めていく動き
GDPRが制定されてからデータ保護規制の動きはさらに強まり、新しいテクノロジーや弁護士業務、データ保護コンサルティングが今では幅広く求められるようになっています。企業がこれまでに直面したことがないデータリスクへ対処する必要が出てきたことも、新しいマーケットの誕生につながっていますね。
クッキーバナー誕生の秘話と開発者の思想
これまでは企業がデータを資産として考え、とにかくデータを生み出すことに力を注いでいたと思います。GDPRが施行されてからは環境が大きく変化して、十分にデータの取り扱いに注意しなければ企業にとって大きなリスクが待ち構えています。
別の見方をすればこれは新しいビジネス機会でもあります。私たちの事業も当初のソフトウェアプロダクトを開発する代理店からクッキーバナーを活用したリスクマネジメントの事業へと転換してきました。
法律は変わったものの指針となるルールブックも整備されていなかったので、自分たちで新しい対策方法を考えクッキーを利用した不当なデータ利用対策に取り組むことにしました。
今ではウェブ上のストリートファーニチャーのようにどこでも見かけるようになったと思います。クッキーバナーはどのサイトを訪れても確認できるくらい成長したので(迷惑だと感じるかもしれませんが)、私たちはこのサービスを2017年にOneTrustに売却することになりました。
このサービスが提供する技術は今でもフォーチュン500の企業の約60%が利用していて、古いサイトから新しいものまでサイトのUXは多岐にわたります。自分たちが開発したサービスのDNAがウェブ上で残り続けていることはとても誇らしいです。
サービスを開発した原点は、私たち代理店が必要なアイデアから個人的にクッキー同意が必要になると考えて始めたのが経緯です。私たちがクッキー同意がこれから必要になると思っていなければ、クッキーバナーは始まっていなかったかもしれないですね。
図:代理店のニーズから生まれたクッキーバナー
こういった背景があってまずはクッキーバナーから多くの企業がプライバシーバイデザインの考え方をコアビジネスやテクノロジーに取り入れていくようになりました。ウェブのUXを整えるだけでなく、ユーザーの権利を考えて同意を取得する動きが始まったことが私にとってはとても興味深かったです。
Kohei: そうですね。クッキーバナーというサービスからプライバシーを考える動きが始まったタイミングのお話はとても面白いです。マーケティングに関わらず、プライバシーは新しいビジネス機会に直結する動きだと考えています。
私も業界で関わる人たちとお話ししてきましたが、プライバシーをきっかけにビジネスモデルの変化を考えつつも実際はコストも含めて対応が難しいこともあり、各企業がどこまで対処すれば良いのかが解を出せずに困っていると感じます。
次にお伺いしたいのがGilbertさんが以前関わっていたTapmydataに関してのお話です。Gilbertさんとはこれまでに未来のデータインフラとなるブロックチェーンプロジェクトに関するお話しも色々としていますが、このTapmydataプロジェクトは個人的にとても気になっています。GilbertさんはTapmyadataでどういったお仕事をされていたのですか?
ユーザーがデータを管理する世界
Gilbert: Tapmyadataの説明に入る前にこれからのデータのお話をお伝えしたいと思います。今の仕組みの課題として私はユーザーが提供したデータを企業から返してもらうことはとても難しいと考えています。ユーザーにとってはとても罪深いことだと思います。私たちはそのユーザー課題を解決するためにバナーをクリックするだけで、ユーザーが選択できる仕組みを準備しました。
バナーを導入することで、クッキーデータを企業が許可なく利用することを制限することができます。これまでユーザーはクッキーデータを自ら管理できていないことが課題だったと思います。
これからも私はユーザーを中心とした取り組みを進めていきたいと考えています。ここからTapmydataの紹介です。イギリスのブリストルでTapmydataというスタートアップに初めてお会いしたのですが、その時にこの企業が掲げているユーザー課題を解決する考え方にとても興味を持ちました。
モバイルフォームを活用してユーザーが自分の権利を行使できるようなモデルを提供し、ユーザーが企業へ直接リクエストをお送りしすることができるような機能を開発していました。始めにTwitterを通してサービスに関するお話しをもらったのですが、初めてお会いして以来定期的にやりとりを行っていました。
図:ユーザーが企業に権利を行使する仕組み
当初、Tapmydataのチームでサービスのホワイトペーパーを準備していたので、私も一緒に加わりペーパーを完成させました。そのまま私が2年間プロジェクトをリードすることになります。プロジェクトが採用したユーザーが自分自身のデータを自分で管理する取り組みは特に新しいものではなく、データヴォルトや自身のモバイルにデータを処理するようなVPNが当てはまると思います。
プロジェクトを推進していく中で数多くの機能が誕生してきました。この手の多くのホワイトペーパーは学術的な内容が多くて、とても複雑に書いているので受け入れられないケースが多いのです。Tapmydataの場合は一つのタスクに注力していて、それは企業が安全にデータを管理しているか確認ができる機能です。Tapmydataでの活動を通してわかったことは、ユーザーが自身のデータをとても慎重に扱っているということですね。
Tapmydataの取り組みを通して改めて思うことは、ユーザーもテクノロジーを利用した取り組みに関心を示すようになってきているので、宏平さんがおっしゃるようにプライバシーの問題はユーザーと企業の関係性が同じくらいに釣り合っている状態を整えていく必要があると思います。
ユーザーが気に掛ける自分のプライバシー問題
私たちユーザーがどれだけのデータを企業に渡しているのか把握するのは、企業がデータ漏洩して初めて明らかになります。Tapmydataは一人当たり約130のデータ記録を別々の企業で安心して管理できるサービスを提供しています。どのユーザーもそれぞれの事情で色々なアプリをダウンロードして使っているとインタビューを通じてわかったので、インタビュー結果をヒントにユーザーが安心して管理できる仕組みを提供しています。
インタビュー等を通してユーザーの理解を深めているのですが、データが監視と抑圧に利用されるようになってから、私たちの行動に大きな影響を及ぼし始めています。そういったことを懸念してユーザーが私たちのサービスを選ぶようになってきました。
一方で企業もデータをとにかく多く保有することに熱心に取り組まなくなりつつあります。これまでは保有しているデータを手放すことは考えられませんでしたが、先程おっしゃってくれたように企業はデータを安全に管理する責任が求められるようになったのでデータを保有することに対してコストがかかるようになってきたと理解する企業が増えてきました。
そして今はデータ資本主義の競争が加熱し、ユーザーである私たちも巻き込まれ始めています。これまではデータを集めるために技術者はウェブサイトやアプリを当たり前のように開発しできる限り安全に扱おうとしてきました。今改めてその重要性に気づいたのです。
私はこれまでずっと考えてきてこの結論に行き着きました。今では少数のプラットフォーム企業に膨大なデータが集まっていて、プラットフォーム企業はユーザーが誰であるかを特定できるようになっています。そのため、データに関する説明責任の問題やリスクがより高まっているのです。
そういった外部環境の変化が今後大きな影響を与えることになるので、企業は保有する情報を少なくすることによってリスクを下げていくことが必要になります。
企業内でカスタマー対応を行うチームも法的なリスクを理解する必要がありますし、周知を図っていく必要も出てきます。私たちがこれまでの活動を通じてわかったことはユーザーが全てのデータを削除してほしいと思っているのではなく、ユーザー自身でデータを管理できるようにしたいと考えているということです。
図:データをお金に変える仕組み
私たちはユーザーがデータをお金に変えることができる仕組みを開発しているのですが、徐々にユーザーの意識が変わっていくにつれて、ユーザーが自分のデータをお金に変える取り組みが大きなビジネスとして成り立つようになってきています。
これまでの5年間は期待値が先行して広まっていたブロックチェーンですが、アプリ環境を取り巻く複雑なデータのサプライチェーンを記録する仕組みとして注目されていく思います。残念ながら私は縁がありませんでしたが、ダイヤモンドやバイオリンのストラディバリウスのように価格が記録されることでアンティーク商品の適切な価値の記録にもつながると思います。
私がTapmydataのテクノロジーチームと一緒に働いていてわかったことは、ブロックチェーンを語る上でデータプライバシーがより重要なテーマになっていくということです。今のデータビジネスの世界では多くのデータを集めて、データを活用した取り組みを進めています。
企業はデータを記録する際に記録を残し、記録したデータをユーザーの権利を尊重した形で管理することが必要です。もしユーザーや警察が自身のデータをどのように管理しているか確認したいと問い合わせた時に、バックミラーよりは窓を通して確認できるようにしておく必要があると思います。データ漏洩が起きた際に、よく問題になるのはこういった理由があるからですね。もしくは、ケンブリッジアナリティカの事件を思い出してもらえるとわかりやすいかと思います。
ブロックチェーンを導入することで、記録を改竄することなく公の記録として残しておくことができるようになります。考古学のアナロジーに例えるなら、タリー・スティックの取引ですね。データが適切に記録されていないと企業に私のデータのことを尋ねたとしても、企業が返答してくれた際に間違ったデータの記録が行われているかどうかが定かではない問題があるからです。
GDPRが施行されてからはユーザーが自身のデータへアクセスしたいと要求した場合に迅速に対応する必要があり、企業の対応以下によって査定されることになります。 査定するのは政府であったり、市民団体であったり、第三者が実施することになります。
もう一つ私がブロックチェーンの機能で可能性を感じているものが・・・
インタビューは中編に続きます。
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Interviewer, Translation and Edit 栗原宏平
Headline Image template author 山下夏姫