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データ保護に不足している尊厳とデザイン

デジタル社会の中で、個人の尊厳を守ることが次の大きなテーマとして議論が始まっています。

今回は欧州データ保護監察機関(EDPS)でディレクターを務め、欧州のデータ保護制度を現場で推進しているレオナルドさんに、これまでのデータ保護法の歴史とデジタル世界の尊厳に関して、お伺いしていきたいと思います。

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デジタル主権がなぜ必要であるのか

Leonardo:ありがとうございます。今、私たちが直面しているコロナ禍で二つの問題が生まれています。一つ目が、私たちの社会での相互依存の問題です。世界全体で抱えてる問題に対して、異なる地域の人たちが相互に協力して取組んでいく必要があります。

しかし同時に、戦略的に独自の考え方と価値観をもとにして自律的に協力することが求められます。ここからは一体何が ”デジタル主権”かについて紹介します。

欧州で言われる “デジタル主権” は間違った解釈をされることがありますが、”デジタル主権” は自由な個人データの流通を妨げるものではありません。データのローカライゼーションを押し付けるものや、特定の管理下にデータを保管し続けることでもありません。

“デジタル主権” は市民や企業活動を後押しし、選択肢を提供することしています。選択肢とは、消費者や市民のデータが十分に保護されるよう要求できることを指します。現在のインターネット環境では、欧州域外のサービス提供者に頼ることが多く、域内の企業を選択できない状態にあるからです。

図:デジタル上に選択肢を提供する

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欧州域内のマーケットでサービスを提供する際には、その地域の価値観や役割を理解し、対応していく必要があると考えています。私たちが目指すのは、域内の事業者へ選択肢が提供されることです。

ここでいう域内の事業者とは、欧州の事業者であるか、そうでないかに限りません。私たちが注目しているのは、サービスを提供する企業が域内の制度や価値観に適応しているかです。

なぜか。それは自由なデータの移動を制限したくないからです。逆に考えると、自由なデータ移動は経済や貿易に不可欠です。私たちはより良い社会に企業や市民を後押ししたいと考えています。

Kohei:そうだったんですね。データ保護を軸として、自由なデータ流通を後押しする考え方にとても関心しています。この概念は未来のデータ環境を語る上でも、重要なトピックだと思います。次に、レオナルドさんがAIサミットでお話しされていた内容をお伺いさせてください。

データ保護に不足している尊厳とデザイン

サミットの中で、”尊厳” が大切であるとお話しされていました。”尊厳”を中心とした、”デジタル上での個人の尊厳とデザイン” のお話もされていたのですが、この”デジタル上での“個人の尊厳”と“デザインと尊厳” の考え方をこれからのテクノロジーにどう組み入れていけば良いかお伺いしてもよろしいでしょうか?

Leonardo:わかりました。欧州市民としてだけでなく、世界どの国でも同じだと考えていますが、”個人の尊厳” は全てにおいて基礎的な考え方です。

欧州では、EU憲法条約(欧州のための憲法を制定する条約)に関するドキュメントを所有している訳ではありません。残念ながら、EU憲法条約をドキュメントにすることはできなかったのです。ただ、条約に相当する欧州連合基本権憲章を公布しています。

私たちのEU憲法条約である欧州連合基本権憲章の第一条では、”個人の尊厳を犯すことはできない”(Human dignity is inviolable. It must be respected and protected.) と書かれています。私たちはまず最初に、”個人の尊厳”を考えます。”個人の尊厳” の考え方は、私たちにとって重要度が最も高いものなのです。

図:個人の尊厳を基点にした考え方

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次に “個人の尊厳” の考え方をテクノロジーにも組み入れたいと考えています。 ”デジタル上での個人の尊厳とデザイン” の考え方を生み出し、データ保護法やデータ保護をデザインすることと同様に、”デジタル上での個人の尊厳とデザイン”を推進するのは、未来のテクノロジーの発展に必要性を見いだしたからです。

例えば、人工知能を組み込んだサービスを開発する際はどうでしょうか。個人に対してサービスを提供する場合には、安心できるデータ保護サービスのデザインを考える必要があります。

“個人の尊厳” は新しいテクノロジーの軸となります。人は不確実性が高く愛情を感じたり、他人を深く尊敬したり、差別や偏見を避けることを望むという特徴があります。未来のテクノロジーにも、そのような考え方を付与する必要があると(私は)考えています。

これからは、より人に近い思考や感受性を持つテクノロジーが必要とされるでしょう。なぜなら、未来の社会が求めているからです。世界全体でデジタル化を推進することはとても素晴らしいのですが、もしデジタル化を進めるために私たちが「人であること」を犠牲にするのであれば、本末転倒ですよね。

人間中心へシフトするプライバシーとは

現在のデジタル社会によって、私たちはより多くのものを犠牲にしています。世界中でソーシャルメディアの利用を控えるようになったのは、このような背景があるからではないでしょうか。

今では当初ソーシャルメディアが持っていたサービス価値も様変わりし、人々が信頼できない場所になってきています。

これまでの無秩序なインターネット世界で発生した過去の課題から、私たちは物事を学ぶべきです。偽情報の問題は私たちの社会が激変するほどの影響力があるのです。

現状のインターネット上には人々の威厳や尊厳を尊重するデザインがありません。サービス提供企業は、とにかく動画を拡散させ利益追求に走り、利用者ニーズに沿った設計ではないといえます。欧州のこの取り組みは、問題意識を世界に投じるものです。人の尊厳を中心にすえたテクノロジーを必要としているのではないでしょうか。

Kohei: そうですね、ありがとうございます。人間中心とした考え方を広めていくことが必要だと思います。包括的な社会構築に加えて、新しい技術を世に送り出す際にも、人間中心の考え方が必要になると考えています。

(動画:2020-2024 EDPS Strategy - Three Pillars by Leonardo Cervera Navas)

アジア圏でもプライバシーを保護する動きは高まりつつあります。アジア圏を中心に、米国やその他の地域とどのような連携を想定しているのでしょう。

Leonardo: はい。新しく監督者が就任して始めの6ヶ月後には、次の5ヶ年計画を発表する予定です。過去2020年に私たちが半年間かけて取り組んだことは、計画づくりです。先程紹介してくださった動画で私がお伝えしたことは、半年間で練り上げた戦略に関する内容です。

パンデミック対策がもたらす国際協調の視点

残念ながらコロナの影響もあり、当初想定していた戦略とは少し変更して時間をかけています。データ保護を推進するために、パンデミック対策に関連したデータ保護の取り組みに切り替え進めています。

来年度は現在取り組んでいるパンデミックとデータ保護のテーマに加えて、広範囲の監視に対するデータ保護を推進していきたいと考えています。特に機械学習(AI)と監視を組み合わせたケースは大きな問題を抱えていると考えています。

我々が行った実績のひとつとして、公共空間での遠隔生体情報による識別禁止があげられます。今私たちが取り組むべきは、こういったケースです。次は、地域全体と協力して、人間中心とした新しい基準を作る準備をしています。人々の尊厳を反映する環境が実現されていないからです。

図:公共空間での遠隔生体情報による識別禁止

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そして、デジタル変革を推進する中で、欧州の人々のデジタル主権をより強めていきたいと考えています。みなさまには、国際的な協力が重要であると強調したいと思います。

さらに今では全世界が繋がり、より関係が密になっていきます。だからこそ欧州だけでデータ保護の政策を推進するのではなく、各国が協力して政策に取り組むことが必要です。

私たちが国を越えて協力するために、投資を行っているのはそういった背景があるのです。このような経緯から国際協力の方法として、私たちは十分性認定と呼ばれるルールを作りました。

3国協力すべき課題とデータ保護の力

日本は社会全体でデータ保護を推進する、世界でかけがえのない国のひとつです。欧州委員会が十分性認定を定めることで、日本はアジア全体のデータ保護を推進するリーダーだと考えています。最近では、韓国も十分性認定を認めることになり、これも素晴らしい動きです。

私たちはもっと多くの国と十分性認定活動を取り組んでいきたいと考えています。国際的に協力を推進する動きは、欧州の十分性認定に限らず、APACの越境プライバシールール(CBPR)のように広がりつつあることも理解しています。

そして、貿易活動以上の動きとして推進されることを期待しているのです。もちろん、CBPRのような取り組みが域内での貿易に貢献することも重要ですが、同じく個人の基本的な権利を守る活動であることも忘れないでほしいと願っています。

図:国を越えた協力関係

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それ以外にも、経済協力開発機構(OECD)での活動を支援しています。データフリーフローウィズトラスト(DFFT)の取り組みは、素晴らしい活動であると考えているので、より議論を深める必要があります。

また世界中のデータ保護監督機関が集まるミーティングの開催、機械学習(AI)を始めとして日本の個人情報保護委員会とも協力して活動しています。

今までご紹介した活動は成果を上げつつありますが、まだ課題は山積みです。欧州、米国、日本の3国が協力して、データ保護を推進していく必要があると考えています。データ保護監督機関が協力して、企業が利益を追求するためだけにデータを利用するのではなく、適切な法の執行を実施することが必要です。

ルール改定と越境デジタル世界の拡大へ

今データ保護の世界では、環境問題と同様ルールが大きく変わろうとしています。一国だけの話ではなく、全世界で変化が起きています。だからこそ安心・安全なデジタル未来に向けて協力していく必要があるのです。

Kohei: ありがとうございます。本日はレオナルドさんからお話をお伺いでき、とても勉強になりました。プライバシーは私たち一人ひとりの大切な権利だからこそ、国を越えて保護していく必要がありますね。

各国で協力して戦略的に取り組んでいくことは重要だと改めて感じました。
最後に視聴者の方に向けて、メッセージをお願いします。プライバシー保護に関わっている方々にも見ていただいているので、大切なメッセージになると思います。

Leonardo: まず、日本の皆様や各国の皆様に欧州データ保護監察機関の活動をお伝えすることができとても光栄です。欧州では未来の人々に向けて、安全なデジタルをビジョンに掲げて取り組んでいます。

このビジョンは欧州の人々だけでなく、皆様と一緒に推進していくことができると思います。ビジョンを実現していくためには、日本や日本企業の取り組みもとても重要だと考えています。

日本はこれまで多くの素晴らしい功績を積み上げて、成功してきた国です。現在はコロナの影響もあり、広く活動することは難しいですが、これから何十年先にある未来のデジタル世界に必要な私たちの尊厳を中心としたデザインを、日本の個人情報保護委員会や政府と協力して取り組んでいきたいと思います。

Kohei: 素晴らしいメッセージをありがとうございます。今回は尊厳にまつわる世界的動向について貴重なご意見をお伺いし、人間中心へシフトする環境と国際協力の重要性がわかりました。

今はコロナの影響もあり、リモートでのやりとりが中心になりがちですが、この機会を通じてより良い未来を作っていければと思います。レオナルドさん、改めまして、本日はお時間いただきありがとうございました.

Leonardo: ありがとうございました。良い1日を。

Kohei: ありがとうございました。

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Interviewer, Translation and Edit 栗原宏平
Headline Image template author  山下夏姫
Editing support  坂上真美

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