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カフェ狐火

 #カフェ狐火。その文字列は、私のタイムラインにある日突然現れた。なにかのキャンペーンということでもなく、食中毒トラブルで炎上したわけでもない。人気のアニメとコラボしたわけでもないし、女子大生にウケるような映えメニューがあるというわけでもない。どこのカフェにでもあるようなメニューの写真がアップされている。それだけだ。きっと、ハッシュタグをつけて写真をアップしてくれたら割引みたいな、ありがちなキャンペーン、いや企業努力の賜物だろう。そのときの私は、特に興味も引かれずに画面をスワイプして、意識からも手元からも流した。

 初めての遭遇からどれくらい経った頃だろうか。それが現れる頻度は地味に、だが確実に上がっていた。さすがの私も気になり始める。ハッシュタグをタップすると画面に写真がずらりと並ぶ。美味しそうに湯気を立てるコーヒー。サラダとオムレツ。サンドイッチにオレンジジュース。普通だ。カフェ巡りアマ3段を自称する私からすれば、心配になるレベルの普通さ。なんだろう。実は物凄く美味しいのだろうか。居並ぶ写真たちを眺めながら、心は惹かれ続ける。一過性のキャンペーンにしては勢いが衰えていない。しかし、なんだろう。違和感がある。違和感の正体を探す。なんだろう。なんだろう…。ふと、指が止まる。そうか、何も書かれていないんだ。写真だけが投稿されている。感想も書かれていない。本文にはハッシュタグだけ。気付いてしまえばなんとも不気味な投稿たちが文字通り無言で私に微笑みかけてくる。と、もう1つ気付いた。どの写真にも文字のようなものが写り込んでいる。拡大してみると、それはカードに書かれた「願い事」だった。彼氏と別れられますように。小説がバズりますように。宝くじが当たりますように。そういったことが写真にひっそりと写り込んでいた。どの投稿にもだ。ここまで来ると不気味を通り越して、私のもう1つの趣味のアンテナがビンビンに反応してくる。都市伝説マニア、アマ4段。いける。これなら次の都市伝説特集に記事を書ける。ライターとして仕事ができる。

 そうと決まればさっそく取材だ。と、私の道はいきなり切れた。カフェ狐火を検索しても、店の情報が1つも出てこない。もっぱらハッシュタグと写真と願い事が引っかかってくるだけだ。狐火、狐火、狐火…。気になった私は止められない。カフェマニアたちの投稿を目を皿のようにしてチェックし、道を歩けば看板を探す。写真の背景や映り込みも分析する。どこだ、どこにある。狐火、狐火、狐火…。

「真実なんて知らないほうが生きやすいのよね」
 背中側から声がした。振り向くと、私は喫茶店の中にいた。
「いらっしゃいませ。そこにどうぞ」
 私はこくりと頷くとカウンター席に座る。誰もいない。客は私だけだ。こんな所に喫茶店なんかあっただろうか。そもそも、私はどこを歩いていたんだったか。
「クランベリージュースのレモネード割り、ミントジュレップ風よ」
 季節外れの真夏日の中、カフェ狐火を捜索して彷徨い歩く私の体は確かに火照っていた。ん?カフェ狐火?なんだろう、それ。小首を傾げながら、差し出されたグラスを受け取って、ひと口。
「あなたの大好物。そうよね?」
 カウンターの内側で店主が微笑む。促されるままに口をつける。甘味、酸味、そしてミントの清涼感が体の中を滑り落ちていく。と、紙ナプキンが差し出された。
「涙、零れてるわ」
 受け取ったナプキンに涙を吸い取らせる。私には聞きたいことがあったはずだ。聞きたいこと?何を?私が聞きたかったこと?
「わた」
 言いかけたところで、店主のひとさし指が私の唇にそっと当てられる。
「それに書くと良いわ」
 いつの間にか、私の前にはカードとボールペンが置かれていた。カードの隅には赤い鳥居と狐が描かれている。似たようなものをどこかで見た気がするけれど思い出せない。
「私はね、神様なの。昔はどこにでもあったお稲荷様。でもね、ほら、時代が変わったじゃない?神様は求められないと、信仰されてないと存在できないわけ。でも、嘆いたって仕方ないの。だからね、こっちから願い事をもらいにいくことにしたのよ」
 私はクランベリージュースを飲みながら、何かを書いている。自分でもよく分からない。何かに突き動かされるように文字を刻んでいく。優しく撫でられたような気もする。
「叶うと良いわね」
 私は子どものように何度も頷いた。

 朝だった。アラームの音が部屋に響いている。スマホで確認する。今日はカフェ取材が3件と打ち合わせが1件。テレビからは今日も暑くなるという天気予報の声がする。仕事が全部終わったら生のミントを買いに行こう。昨日、新しく見つけたレシピを試すんだ。お母さんのクランベリージュース。今度こそ当たりだと良いな。遠い記憶の味の中、今度こそお母さんに会えたら嬉しい。そしたらちゃんと、さよならを言おう。

~FIN~

カフェ狐火(2000字)
【One Phrase To Story 企画作品】
コアフレーズ提供:花梛
『真実なんて知らないほうが生きやすい』
本文執筆:Pawn【P&Q】

~◆~
One Phrase To Storyは、誰かが思い付いたワンフレーズを種として
ストーリーを創りあげる、という企画です。
主に花梛がワンフレーズを作り、Pawnがストーリーにしています。
他の作品はこちらにまとめてあります。

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