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首輪を造ろう、お前のために。

「えー、遊んでー!面白くなーい!」
 勇者は子どものように駄々をこねる。その様は勇者とは思えない。どう見ても酒場でくだをまく若者だ。
「1人でも行ける依頼取ってきてやってるだろ。ほら、行ってきなさいよ」
 魔導士が机の上の羊皮紙から目を離さずに声のした方へ手にした杖を振ると、石造りの床から手が生えてきて、抱き着いてこようとする勇者の行く手を阻む。拘束魔法だ。硬い材質の形だけを変性させるのは高等魔術だ。しかもこの部屋の床は特別に硬い。宮廷芸術家顔負けの造形力で形作られた美しい手は動き回る勇者の足を適確に追尾する。掴んだら最後、対象を速やかに床に取り込むように術式が組まれている。
「おぉぉぉぉ!?面白ーい!」
 勇者は狭い室内を曲芸でもするように逃げまわる。積んである魔導書の塔を崩壊させることなく、そこかしこに置かれている動植物や魔物の標本を破壊することもなく、歓声を上げて飛び回る。どちらも、誰にでもできることではない。
「速いけど、速いだけ!これならモデルになった魔物の方が厄介!」
「そう、思うだろ?」
 魔導士の杖が指揮棒のように動くと勇者の着地を狙って床からさらに手が生えた。タイミングも完璧だった。勇者も仕方なく天を仰ぐ。手が足を掴む。
「つかまえた」
「そうはいかないって」
 笑った勇者が掴まれた足に全魔力を流し込む。魔力の暴力の前に、石の手は爆散した。
「また俺の勝ち!」
「はいはい、そうだね。それじゃ依頼こなしておいでなさいよ」
 魔導士は机から目を離さない。勇者は頬を膨らませる。
「かまえよ!なぁ、かまってよ!」
「今、イイ所なんだよ。邪魔しなさんなって、野暮勇者さんよ」
「やだ!お前の魔法がドーンって降って来なきゃ楽しくない!」
「その魔法を造ってるところだって言ってんだろ。安心しなさいよ。完成したら、世界で一番最初に喰らわせてやるからさ」
「ホントか!?」
「俺の造った魔法は全部そうだろ?感想期待してるぞ、ソムリエ勇者さんよ。お前さんが依頼こなし終えた頃に出来上がるから、準備運動してきなって」
「分かった!」
 勇者は目を輝かせたまま、部屋を飛び出していく。A級魔物の討伐。勇者なら成し遂げてくるだろう。なにせ、勇者にはどんな攻撃も通用しない。術式を通して世界の理に干渉するのが魔導士なら、自分の肉体と周囲に限定した世界の理を自由自在に歪めてしまえるのが勇者なのだ。どんなに強い攻撃であったとしても勇者に触れた瞬間に弱い攻撃に書き換わってしまう。理詰めの人間であれば脳が焼け焦げてしまうところだが、天性の無邪気さと戦闘センスがそれを可能としていた。間違いなく、この勇者は魔王を討伐できる。だからこそ。魔導士は焦っていたのだった。

 街の外。満月に照らされた平原に2人。勇者の気配に気圧されて魔物は寄り付かず、魔導士の張った術式のおかげで冒険者も寄り付かなかった。
「今日も束縛系?飽きないよなー。隕石だって落とせるくせに」
「その隕石はお前にワンパンされて塵になったんですが?」
 昼間のとは違う身の丈ほどもある杖を地面に突き立てた魔術師は雑談に応じる。
「なぁなぁ、いつになったら魔王討伐に行くんだよ」
「魔法が完成したらって言ってるだろ」
 魔導書のページをめくりながら、杖に術式を読み込ませていく。杖の中で複雑に魔力が絡み合っていくのを感じながら、勇者を見つめる。
「もう十分だろ?」
「ばーか。お前さんに効かねぇ魔法なら、魔王にも効かねぇだろ」
 今夜の勇者はおしゃべりだ。昂っているようにも見えた。
「魔王は俺より弱いだろ!」
「そうじゃなかったら困るだろって話でしょ」
 術式装填を終えた杖が獣のように唸りを上げる。最後の制御術式を丁寧に編んでいくと、唸り声は徐々に歌のように美しくなっていく。
「俺がお前を守るから!お前はいつもみたいにドーンってしてくれたら良いんだってば!な、行こう!明日行こう!」
 珍しくイラついている。魔導士はほくそえんだ。この状態の勇者が相手じゃなければ意味が無い。
「さようならは必然だ。だからさ、俺がいなくなっちまう前に、これだけは完成させないといけないのさ」
 来る。勇者は身構えた。昼間の討伐は簡単過ぎて、すっかり力を持て余していた。
「俺に何かあったときに、俺みたいな天才じゃない、ごくごく普通の魔導士でも使えるような魔法を組んでおかなきゃいけねぇのさ」
 杖は歌い続ける。魔導士は勇者を、勇者は魔導士を、まっすぐに見つめたまま動かない。
「お前はな、魔王を倒したら、必ず世界のすべてに怖がられちまうようになる。だからどうにかして、そのデタラメな力を束縛できるようにしとかねぇといけねぇのさ。ま…喰らってくれよ」
「よーし!来い!」
 待ちきれないとばかりに勇者は笑ったままで体を沈み込ませる。魔導士は突き立てた杖を引き抜いた。勇者は不敵に笑う。動かない。まずは1発、逃げずに受けるそのために。

~FIN~

首輪を造ろう、お前のために。(2000字)
【One Phrase To Story 企画作品】
コアフレーズ提供:花梛
『さようならは必然』
本文執筆:Pawn【P&Q】

~◆~
One Phrase To Storyは、誰かが思い付いたワンフレーズを種として
ストーリーを創りあげる、という企画です。
主に花梛がワンフレーズを作り、Pawnがストーリーにしています。
他の作品はこちらにまとめてあります。

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