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ドラッグ・オン・クリスマス#パルプアドベントカレンダー2023

「冬の色のおくすり。あげる」

 ときは12月10日。幸せそうな家族連れや恋人たちで賑わう日曜日のショッピングモール。日雇いバイトアプリの紹介に導かれるままサンタクロース衣装に身を包みケーキ屋のチラシを配っていた僕の足元、と言うか右足に、その子は抱き着いていた。抱き着いてきたんじゃない。抱き着いて”いた”。こちらが驚くと同時に子どもが顔を上げる。目が合った。大きな目だ。
「サンタさん?」
「あー…、そうじゃよ、サンタさんじゃよ」
 僕は営業スマイルを浮かべながら精一杯のおじいさん声を出す。子どもは首を傾げながらも、こちらを真っ直ぐに見つめたまま動かない。僕も動けない。どうしたものか。どこかで家族が見ているのかもしれない。かわいいー!なんて言いながら、この様子を動画に撮っている可能性もある。なんならけしかけたまである。もしくは迷子か。なら迷子センターに連れていくべきだけれど、持ち場を離れたら怒られるのではないか。バイト代は惜しい。さて、どうしたものか。どちらにしても、目立つのはマズそうだ。近頃はなんでもかんでも炎上するし。
「迷子かな?ひとりで来たのかな?」
 できるだけ優しく、目を見てたずねる。顔立ちは女の子に見えるけど、確証が無い。これは…犯罪者の匂いがする。主に僕から。今、誰かに見咎められたら、反論できない。と、子どもが片方の手を開いて、こちらに向けた。不思議な紋様が描かれた小さな手の真ん中に、翠色の錠剤が乗っていた。
「冬の色のおくすり。あげる」
「冬と言えば、雪の白じゃないのかい?」
 僕の疑問に、子どもは笑顔で答える。
「モミの木のみどり。私が好きな色」
 手を伸ばして、僕のサンタ衣装のポケットにざらりと錠剤を入れる。
「クリスマスイブの夜に、迎えに行くね」
 声を残すと、子どもはどこかに行ってしまった。頭は疑問符で埋め尽くされていたけれど、手元に残るチラシの束をどうにかしないといけないという義務感が僕を現実に繋ぎとめてくれていた。

 時は流れて、宣言されたクリスマスイブの夜8時。鮮やかな翠色の錠剤を捨てる度胸も無く、試してみる度胸はもちろんあるわけも無く、僕は自室のベッドに座り、空き瓶の中のそれを眺めていた。ジャラジャラと音を立ててみる。お察しの通り、残念ながら恋愛的なイベントが僕に訪れることは無かった。そこも見抜かれていたとしたら、若干腹が立たなくもない。
「迎えに来るって、言ってたよな…」
 呟いて、そして動揺する。いや待て、この部屋に来るの?どうやって?部屋にあがるの?え、家族になんて言い訳しよう。いや、違う、そうじゃない。落ちつけ僕。今日は両親ともに仕事で出ているから、家には妹しかいないし、なんの問題も無い。
「いや、あるだろ、問題!問題しか無い!」
 隣の部屋に聞こえないように小さく叫んで頭を抱えると、耳鳴りがして、笑い声が遠くから僕を迎えに来た。顔を上げる。誰もいない。
「おくすり、噛んで」
 慌てる僕の鼓膜をあの声が震わせた。見回す。誰もいない。
「おくすり、噛んで」
 声が繰り返す。高圧的ではないけど、拒絶もできない強い響き。
「噛むの?飲むんじゃなくて?」
 言いながら、素直な僕は瓶から錠剤を1粒、手の平に出して、口に放り込んだ。
「おくすり、噛んで」
「分かった、分かったから」
 声のままに1粒、奥歯で錠剤を砕く。見た目通りのハーブのような香りが鼻に抜けるのと同時に何かが体の中を駆け巡るのを感じた。駆け巡って、そのまま体を置き去りにする。
「え、置き去り?」
 自分にツッコむと、そこは宇宙だった。牙を剥いて吼える何かが目の前にいたのでとりあえず殴ると景色の方が僕を置き去りにした。
「え、また?」
 戸惑うと、そこは月だった。触手をなびかせ甲高い声とともに飛来する軟体動物が殺到してきたので、足元になぜか生えていた大根を引き抜いて叩き伏せると景色と一緒に溶け落ちた。
「キモ…」
 引き気味に呟くと、暗闇を切り裂いて発光体が2体のロボットを引き連れて接近してきたので、カウンターでラリアットを当てたら何か言いながら、景色と一緒に2つに裂けて吹き飛んだ。

「クリスマスには、地球が危ないの」
 あの子の声が断末魔の隙間から聞こえる。
「だから、お兄さんはサンタになって、みんなを守ってね」
 それってサンタの仕事だったの!?いつから!?僕は拳に頭蓋骨の抵抗を感じながら騒ぐ。声は出ないようだった。すらっとした白銀の手足に赤い紋様が走る体。白に赤。なるほど、これはどう見てもサンタクロースだ。

「って、んなわけあるかー!」
 叫んだ僕の体はベッドにあった。これは僕の部屋だ。ベッドサイドの目覚まし時計が朝の8時を指している。
「来年も迎えにくる、ね」
 楽しそうに笑う声がどこからか聞こえた。また来年。僕はそれを声に出す。
「え、来年もなの!?」
 うるさいとばかりに、隣の部屋から壁を叩く音が返ってきた。

~FIN~

ドラッグ・オン・クリスマス(2000字)
【シロクマ文芸部参加作品 & パルプアドベントカレンダー2023
& One Phrase To Story 企画作品】

シロクマ文芸部お題:「冬の色」から始まる小説 ( 小牧幸助 様 )
パルプアドベントカレンダー2023
コアフレーズ提供:花梛
『奥歯で錠剤を砕く』
本文執筆:Pawn【P&Q】

~◆~
シロクマ文芸部、参加させていただきました。
少し遅刻ですが、許してください…!
ここまでお読みいただいてありがとうございました!

~◆~
パルプアドベントカレンダー、飛び入り参加させていただきました。
やっと参加できました…!
ここまでお読みいただいてありがとうございました!

~◆~
One Phrase To Storyは、誰かが思い付いたワンフレーズを種として
ストーリーを創りあげる、という企画です。
主に花梛がワンフレーズを作り、Pawnがストーリーにしています。
他の作品はこちらにまとめてあります。

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