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ユメウツツ

 私の夢にはずっと昔から吸血鬼が棲みついている。ベッドに潜り込んで目を閉じる。眠りに落ちた私は決まってその部屋で目を覚ます。そこは、とても不思議な部屋だった。石造りの部屋の天井からはランプがいくつも吊られていてぼんやりとした光に溢れていた。明り取りの窓からは月の光が射しこんでいる。ランプの暖かな光と、外からの冷たい光。その2つが混じり合う場所に彼女はいつも座っていた。美しい銀の髪が、赤いバラをあしらったドレスに映えている。
「また来たの?」
 人形のように滑らかな白い肌に紅玉色に透き通る憂いを帯びた瞳。悩ましいと言うように整った顔がわずかに歪んで、こちらを振り向いていた。
「困ったわね。何度閉じても、そなたの夢はこの部屋に繋がってしまう」
「逆でしょ!あなたが私の夢に棲みついてるんじゃない」
 私は怒ったふりをする。このやりとりも、もう何度も、毎晩のように繰り返した挨拶のようなものだ。
「私は本気で困っているのよ。なんて言ったって私は」
「吸血鬼なんでしょ?はいはい、怖い怖い」
 何度となく聞かされていた。そう、彼女は吸血鬼。
「でもでも、ここは夢の世界なんだし、血を吸われても大丈夫でしょ?」
「吸血鬼は血とともに魂を吸うのよ。穢れを知らない純潔な魂は大好物」
 わざと怖がらせるように手を広げてくる様は同い年の少女にしか思えない。そう…同い年。私と彼女は同じように成長する合わせ鏡のような関係だった。
「じゃ、私は絶対に安全ね」
「普通は逆じゃないのかしら…。そんなに胸を張ることじゃないわね」
 そう言いながら、彼女は私を優しく抱き締めてくれる。いい匂いがする。
「さ、今日もお眠りなさい」
 バラの香りの中で、意識が遠のく。夢の中なのにまた眠くなる。
「もう、もっとお話したいのに。いじわる」
「だめよ。そなたの……は私のもの。ちゃんと……ておいてあげる」
 視界がぼやけていく。言葉がうまく聞きとれない。仕方ない。私は諦める。これもいつものことだから。
「おやすみ…」
「えぇ、おやすみなさい」
 髪を撫でられた感触が心地よい。むかし、お母様にしてもらったのを思い出す。同い年なのに…。

 朝、目が覚める。当たり前だけれど私はベッドでシーツに包まれている。嫌な汗をかいている。ベトつく体。起き上がろうとすると、貧血気味の頭が少しくらくらする。喉が渇いて声が出ない。いや、違う。昨晩叫び過ぎたせいだ。シーツの上から足の付け根の、ドレスにうまく隠れるような場所にできた痣を撫でる。今日も朝が来て、目が覚めてしまった。少ししたら、また夜が来る。夜があの人と一緒に私のところにやって来る。彼女に会える夜が来る。私の隠れ家に住んでいる吸血鬼に会える夜が。

「王様が死んだらしいじゃない」
 夢の中。いつも通りの石造りの部屋で、彼女は咳き込みながら言った。
「そうみたいね」
 私は部屋に飾られたバラを撫でながら答える。触れたところから、はらりはらりと散ってしまう。
「知っているんでしょ?どうやって死んでたのか」
 月明りに照らされて彼女は続ける。
「ごめんね、よく知らないの」
 私は揺れるランプを眺めながら言う。
「血を抜かれて干乾びていたらしいじゃない」
「へぇ、そうなのね」
「吸血鬼のしわざだって、もっぱらの噂よ」
「噂好きなんて、ろくなもんじゃないわ」
 私はゆっくりと彼女に近付くと、いつも彼女がしてくれているように、そっと抱きしめる。少し饐えた匂いがする。私は構わず彼女の髪を撫でる。美しかった銀色の髪は近くで見ると少しくすんでしまったようにも見えた。

「もし私があの吸血鬼だと言ったらそなたは私をどうする?」
 私は何も言えなかった。聞こえなかったふりをして笑いかけることしか…できなかった。彼女も笑っていた。

 次の日、彼女は私の前から姿を消した。

 私は分かっていた。全部、分かっていた。彼女が私の悪夢を食べてくれていたこと。そうやって私をギリギリのところで守ってくれていたこと。吸血鬼が、他の吸血鬼はいざ知らず、彼女が純潔な魂以外を、体に合わない血と魂を飲めばどうなるのかを。分かっていて、分かっていたのに、私は。冗談めかして、彼女に言ったのだ。耐えかねて言ってしまったのだ。「あんな父親なんかいらない。吸血鬼に血を吸い尽くされて死んでしまえばいいのに」と。私の血も、魂も、もう彼女にはふさわしくない。本当の意味で、穢れてしまったのだから。

 今日も私は夢の中、残されていた彼女の置き手紙を読み返す。もう何度読んだか分からない。涙の痕も1つや2つではきかない。ランプは灯をともさず、すきま風に揺られて軋んでいる。月明りは冷たく、枯れ果てたバラと私と手紙を照らす。目を閉じると彼女の困ったような笑顔がよみがえる。私はあと何度こうすればいいのだろう。いつになれば彼女に会えるのだろう。私は「ごめんね」の代わりに、今日も「ありがとう」と呟くのだった。

~FIN~

ユメウツツ(2000字)
【One Phrase To Story 企画作品】
コアフレーズ提供:花梛
『撫でられた感触』
本文執筆:Pawn【P&Q】

~◆~
今回は広弥語り(@koyagatari)様の企画
#1枚絵から物語を」に参加する花梛さんのために
公開されているテーマ動画と台本から書き上げました。

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One Phrase To Storyは、誰かが思い付いたワンフレーズを種として
ストーリーを創りあげる、という企画です。
主に花梛がワンフレーズを作り、Pawnがストーリーにしています。
他の作品はこちらにまとめてあります。

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