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trip with a fire flower

夏が、終わった。

とは言え僕らは本物の『夏』を知らない。あくまでカレンダーの上で7月や8月が夏であると定義されているだけ。そして今は9月1日の午前7時。つまり『夏が終わった朝』というわけだ。もっとも、月も太陽も無いこの世界で、僕らは『朝』でさえも本当の意味では知らないのだけれど。

「おーい、どうした、ぼんやりしちまって。まぁ、どうせまた、アクタガワ・バレーで掘り起こしてきたブンガクドラッグでもキめてたんだろ。アレ効くよなー。ばっちりトべるもんな。」
「残念。今日のはカドカワ・マウンテンのライトなやつだよ。アクタガワのは重くてクラクラするから朝からはムリムリ。あんなのキめちゃったら仕事になんねぇよ。」

データが質量を獲得したのか、物体が存在を失ったのか、とにかく、仮想世界と現実世界の境界線がある日突然消し飛んだのが遥か昔、たしか300年前くらいの出来事。僕らは今日も、元がデータなのか紙だったのか分からない何かを採掘して、それを使って暮らしていた。
「そういえば、この前ミカクトー・タワーで掘り当てたリュウカクサンってやつ、なんかの薬だってよ。」
「へぇ、もう解析終わったんだ。薬かぁ。ハズレじゃん。」
採掘してきた情報結晶体はスキャナに通して調べることができるけれど、解析できたとしても、読み解けるかは別問題。技術や情報として完全に再現できて役に立つような「アタリ」を引く確率は天文学的に低かった。ブンガクドラッグは結晶をスキャンした情報を吸引すると気軽に酩酊感を味わえる。現実逃避したい奴らに超ウケた。大アタリの部類だろう。ちっとも酔えない低濃度のクズから、うっかり廃人になってしまう高濃度のものまである。この前発掘されたドグラ・マグラとかいうのも、かなりの高値がついたらしい。確実かつ迅速かつ極度にトべると話題の逸品だ。
「あれはどうなった?この前オオマガリ・キャニオンで採った…」
「あー、あれな。ハナビとかいうやつの設計図っぽくて、一応、3Dプリンタで出力も可能っぽい。」
「ハナビ?なんだっけ、なんか聞き覚えあるな。」
「ブンガク・ドラッグだろ、どーせ。知らない言葉ばっか出てくるからな。まぁ、そういうことで」
「…なんなんだよ、このデカいボールは。紙か?これ。」
「3D出力したハナビだよ、ハナビ。こいつも使うんだとさ。」
「太い、パイプ…?なんだよ、どうやって使うんだよ。」
「夜に、そのパイプにボールを入れた状態で地面に垂直に立ててスイッチを入れるんだとさ。」
「夜って、暗い所ってことか。だいたい、スイッチってどれだよ。」
スイッチと言われても、それらしき部品は出力された物の中には無かった。
「しゃーない。もっかい行こうぜ、オオマガリ。」
「だな。関係したもんが出ると良いんだけどな。」

そこから3週間ほど、僕らは発掘とスキャンをひたすらに繰り返した。そして、とうとうそれは見つかった。
「よっしゃ来た、パイプとスイッチだ!」
「お、マジか。長かったなー。」
使い道がハッキリしなくてクズ扱いされている情報は多い。しかし、使い道がハッキリしている、パーツが揃っているなどの条件を満たせば化けるネタは少なくなかった。何より僕らは不思議とハナビの正体が気になっていた。気になって仕方がなかった。世界中の誰も知らないものを初めて発見できる喜び。この大発掘時代において、誰でも一度は憧れる夢だ。もう少しで手が届く、かもしれない。
「暗いところだったよな。」
「あと、開けた場所でやれ、んでそこそこ離れろってさ。」
「危ないってことか?んじゃ人がいないとこが良いよな。」
「トットリ・プレーンはどうだ?あそこ、人がいないから、いつでも暗いし、ちょうど良いじゃん。」

かくして、役者は揃った。僕らは周りにバレないように色々なものを準備して、細心の注意をはらって、トットリ・プレーンにそれらを運び込んだ。埋まっている情報結晶の量や質、そこにいる人間の数で明るさが決まるこの世界において、間違いなく条件を満たすベストプレイスがそこにあった。はしゃぎそうになるのをこらえながら、僕らは無言で準備を進める。万が一にでも誰かに見つかりたくはなかったし、口を開いたら、僕らのテンションはすぐにでもブチ上がってしまいそうだったから。そして、ついに。
「こんなもんで良いよな。パイプ見えない距離だと、何が起こったかも分かんねぇし。」
「まぁ、多めに出力してきたんだし、何回かやればいいじゃん。」
「だな、そんじゃイきますか。」
相棒がスイッチを入れる音がやけに大きく聞こえる。刹那、ボシュッとくぐもった音がして、パイプから煙を上げてボールが上空へ飛んでいく。そして、眼前に広がり、落ちてくる、大量の光と音。僕らは言葉を失う。これが成功か失敗か、僕らには分からない。ドラッグでもないのに、僕も相棒も何故か泣いていた。

夏の終わり。これは、今はまだ僕らだけの秘密の話。

~FIN~

trip with a fire flower(2000字)
【One Phrase To Story 企画作品】
コアフレーズ提供:花梛
『夏が終わった朝』
本文執筆:Pawn【P&Q】

~◆~
One Phrase To Storyは、誰かが思い付いたワンフレーズを種として
ストーリーを創りあげる、という企画です。
主に花梛がワンフレーズを作り、Pawnがストーリーにしています。
他の作品はこちらにまとめてあります。

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