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好きで悪いか、バカ野郎!

「いいよ!もう勝手にずっとすきだから!…どう?」
「イマイチ。」
 土曜日の部室、遠くで練習する野球部の声を聞きながら、私は頭を抱える。脚本家兼監督の真由は溜め息。
「ねぇ、この場面で、この子はどんな気持ちなの?真由はどんな気持ちでこれを書いたの?」
「どんなって、そこに書いてあるじゃない。告ってフラれて逆ギレよ。」
 即答だ。もちろん、脚本はもらった日に全部読んだし、イメージも膨らませた。でも、膨らみきらなかったのだ。
「だって、その、告白したことも、されたこともないし…。っていうか、待って!脚本に書いたってことは、あるの!?告白したこととか!振られたこととか!」
 私は問題そっちのけで前のめりになる。恋バナ!久々の恋バナだ!演技の参考になんて建前は言わない。考え過ぎて恋のなんたるかが分からなくなった私は今、真由の恋バナが聞きたい。すごく聞きたい。ものすごく聞きたい。恥じらう乙女な顔も見たい。超見たい。さぁ来い、甘酸っぱいエピソード!バッチ来い、激甘エピソード!どんと来い、ほろ苦エピソード!私に恵みを!
「無いわよ。」
「えー!!!!」
 今日イチの発声とともに膝から崩れてそのままうずくまる私。なんて仕打ちだ!私の耳はもう恋バナモードなのに!もう恋バナじゃなきゃ満足できないカラダになってしまったのに!!
「彼氏いない歴イコール年齢。あんたと一緒。あるいはあんたよりキラキラしてないわ。…なに?脚本は実話じゃなきゃいけないわけ?恋愛してなきゃセリフに説得力が出ないなんてつまらないこと言うわけ?」
 やばい、怒らせた。鎮めたまえ、鎮めたまえ。私は迫り来る友人から逃げるように後ずさりする。
「だ、だって、そしたら、そんなの」
「えぇそうよ。妄想よ。妄想の何が悪いの。毎日毎晩男女問わず人物生み出して、口説かせたり、振ったり、泣かせたりしてるわよ。趣味だもの。性癖発表会?えぇそうよ、性癖展覧会よ。大展示即売会よ。羞恥心なんて邪魔なだけよ。あんたも恥ずかしがってる暇があったら羞恥心なんか、何らかのゴミに出してしまいなさい!」
「あ、あぅ…」
 大迫力で詰め寄られて、私はぐうの音も出ない。なるほど、これが「ぐうの音も出ない」かぁ…。やった、また一つ演技のバリエーションが手に入った。ははは…。
「ほら、白状しなさいよ!あんたの羞恥心は可燃物?不燃物?私が資源回収して脚本の糧にしてあげるわ!」
「ひぃぃぃ!?目が怖い!目が!怖いってば!」
 わりとガチ目に悲鳴をあげそうになったとき、隣の部屋から真っ直ぐなトランペットの音が聞こえてくる。

「あら、あんたのロミオじゃない。」
 暴走したエヴァンゲリオンみたいだった真由が人間に戻って、黒板に向かてつぶやくと、黒板の向こうからトランペットの音が答えるように鳴る。
「ちょ、誰があんなやつ!そんなんじゃないし!」
「だってそうじゃない。っていうか、主人公そのものじゃない。」
 トランペットがいつものように鳴り始める。
「こ、こ、告って!ないし!フラれてもいないし!」
 声が大きくなる。顔が熱い。遠くから大好きな音が聞こえる。
「へぇ、告白したんだ?何て言ってフラれたの?」
「してない!ちがう!」
 そう、私はトランペットの音が好きって言っただけ。なのに、まだまだだめだとか、もっと練習しなきゃだの。私の好きなんか置いてきぼりにしやがって。
「ほら、今の心境で言ってみなさいよ、セリフ。ほら、せーの」
「い…いいよ、もう。勝手にずっと、すき…だから。」
 恥ずかしい気持ちは悲しさを連れて遅れてやってきた。好きになっちゃだめだったのかもしれないと思って、そっとその場を離れて。もやもやをベッドの中で抱えながら泣いたんだった。
「ちょっと何言ってるか聞こえませんねー。」
「いいよ!もう勝手にずっとすきだから!」
 そうだ。もう言ってあげない。トランペットの音も、吹いているときの横顔も好きだけど言ってあげない。この好きは誰に認めてもらえなくたっていい。私だけでいつまでも大事にしてやるんだ。 
「そんなんじゃ届かないなー。お客さんに届かないなー。」
「いいよ!もう勝手にずっとすきだから!」
 好きなもんは好きなんだ。本人がどう思ってようが知ったことか。
「もうほら、そこの黒板殴るくらいの勢いでどうぞ?」
「いいよ!もう勝手にずっとすきだから!!」
 勢い余って本当に殴ってしまう。ズガン!大きな音が響く。トランペットの音が消える。
「もう一発!」
「いいよ!もう勝手にずっと!!すきだから!!!」
 頭の中が真っ白になって、出し切った感じがした。そっか、こんな感じなんだ。なるほど。

「…だそうですけど、いかがです?」
「え?えーと、かっこよかった、です。」
 声の方を向くと、君が立っていた。トランペットを持ったまま。
「えぇぇぇぇ!?なんでぇぇぇ!?」
 恥ずかしい気持ちはやっぱり遅れてやってきた。今日は嬉しさを連れて。

~FIN~

好きで悪いか、バカ野郎!(2000字)
【One Phrase To Story 企画作品】
コアフレーズ提供:花梛
『いいよ!もう勝手にずっとすきだから!』
本文執筆:Pawn【P&Q】

~◆~
One Phrase To Storyは、誰かが思い付いたワンフレーズを種として
ストーリーを創りあげる、という企画です。
主に花梛がワンフレーズを作り、Pawnがストーリーにしています。
他の作品はこちらにまとめてあります。

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