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白い部屋で、僕らはたくさん旅をした。

 アナログ時計が持ち込み不可リストに入っているのは、秒針の音がうるさいから。入院前の説明の意味が今なら理解できる。こんな静かな場所で時を刻まれてしまったら、俺はきっと狂ってしまう。ただでさえ、目の前で滴る雫の間隔から逃げられないのに。

「なぁなぁ、もし異世界転生したら、どんなスキル貰えると思う?」
 隣のベッドからカーテン越しに声が聞こえる。抑えていても、この静寂の前では筒抜けだ。何より相手は小学生。誰も咎めることはしない。もとより、ここの住人は生きた音に餓えているのだから。
「タケ君は剣道やってるし、やっぱり剣聖とか大剣豪なんじゃないかな」
 応える声はか細い。筋肉が痩せ細ってしまった、ここの住人特有の声。
「聖剣とか貰えんだよな。でもさ、剣だけじゃかっこわりーじゃん。剣落とされたらなんもできねーじゃん。やっぱ魔法だよ、魔法」
「でも、タケ君は集中力無さそうだし、呪文覚えられないでしょ?」
「詠唱破棄ってスキルあるからへーきへーき」
「自分が使える魔法はさすがに把握してないとじゃない?」
「ぐっ…そんなの、おま、あれだよ。インスピレーションだよ」
「タケ君は天才肌だもんね」
 笑いに咳が混じる。枯れ葉がこすれるような乾いた音が病室に響く。

「いいよ、そういう細々したことは僕が全部やってあげる。タケ君ができないことは全部やってあげる」
 ややあって咳が止み、会話が戻ってくる。俺はナースコールを押そうと伸ばしていた手を戻す。ここでは弾みのついた咳が命に関わることがある。自分では助けを呼べないことの方が多い。
「タケ君は聖剣で敵を倒す役。僕はそれ以外全部」
「全部ってお前、それ絶対お前の方が強いじゃねぇか」
「でもほら、体力は絶対無いよ。こんなだもん」
 元気な方の声が一瞬、言葉を失う。
「やだな、もう。笑うとこだよ?」
「やめろよ、お前、そんなのズルいじゃねーか」
「ほら、タケ君が笑って否定してくれないと、本当になっちゃう」
 病人は孤独だ。誰にも弱音を吐けない。最悪の想定を口にすれば泣かれる。確率の低い奇跡の話をされる。
「お前はもう、あれだ!ムッキムキで日焼けして、筋トレが趣味のキャラになって、誰にもモテずに、俺の隣にいれば良いだろ!!」
 小学生が足りない頭を使って必死に考えた悪口は、いつの時代も面白い。俺は笑いをこらえて、その反動で咳き込んでしまう。病室にさっきと同じ緊張が張り詰める。俺はなんとか呼吸を整える。

「困ってる人を助ける力が良いな。ずっと、色んな人に助けてもらいっぱなしだったから」
「そんなのは、ここ出たらやればいいじゃねぇか」
 子供らしい、拗ねた声だ。
「そうだね、ここを出れたら、それこそ異世界転生だ」
「出てこいよ」
「分かってるよ」
「そしたら、困ってる人間かたっぱしらから助ければいいじゃねぇか」
「うん」
「悪いヤツは全部倒すからな。魔王も国王も盗賊も、全部」
「それだと、もう、どっちが魔王か分からないんじゃない?」
「関係ねぇよ。困ってるやつ、全部だろ。んじゃ、全部じゃねーか」
「…そっか、そうだね」
「俺は剣、お前はそれ以外全部」
「それだと、タケ君は日本の法律的には捕まるよ?」
「ペ…、ペンと剣!ペンは剣より強ぇんだから、二刀流なら無敵だろ」
「タケ君…、ペンは消しゴムに刺すものじゃなくて、書くものだからね?あと、どうやったって剣は無理だと思うんだけど」
「とにかく!ペンは俺のだからな!俺はペンと剣、お前はそれ以外全部!」
「…それじゃ、もっと勉強しなきゃ。タケ君、本当にそれ以外」
 未来の話。あの世ではなく、この世の話。俺にもこんな友達が欲しかった。いや、身から出た錆だ。望むまい。あるいは俺も考えてみるか。ここから出られたら。そう、異世界転生したくらいの軽い気持ちで。

 ひと月ほど経ったころ、隣のベッドはマットレスが剥き出しの状態になった。2人で幾度となく異世界を救った、その片割れの少年を残して、こちらの世界は、大人たちは、時計の秒針のように止まることなく動いていく。
「おい」
 俺は生まれて初めて、お節介を焼いてみることにした。少年が顔を上げる。泣き腫らした顔だ。
「こっち、ちょっと来い」
 手招きすると、未来の大剣豪が、訝しがりながらも近付いてくる。
「異世界転生したってことにしようや」
 椅子を勧めながら、俺は呟く。
「昔の人は天国だなんだって言ってたみたいだけどな」
 鼻をすする音が静寂に散っていく。
「向こうで、よろしくやってるさ」
「…俺、剣聖も大剣豪もいらねぇ」
「そうなのか?」
「強い体もいらねぇ。全部いらねぇ。その代わり、どんなケガも病気も治せる力が欲しい」
「やめとけやめとけ。強い体は大事だからな。第一、ここでそれを言うんじゃねぇよ」
 苦笑交じりに、ベッドサイドから出したお菓子を手渡した。
「んじゃ、ペンと剣と治す力だ」
「良い顔だ、欲張りめ」
 互いの名も知らずに、俺たちは笑い合った。

~FIN~

白い部屋で、僕らはたくさん旅をした。(2000字)
【One Phrase To Story 企画作品】
コアフレーズ提供:花梛
『滴る雫の間隔』
本文執筆:Pawn【P&Q】

~◆~
One Phrase To Storyは、誰かが思い付いたワンフレーズを種として
ストーリーを創りあげる、という企画です。
主に花梛がワンフレーズを作り、Pawnがストーリーにしています。
他の作品はこちらにまとめてあります。

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