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屋上にて、2人。

「金魚すくいって、残酷かもしれない」
 体育祭のハイライト、全クラス対抗リレーの準備が始まった校庭を屋上から眺めて、私は溜め息混じりに呟いた。
「そこは、”人がゴミのようだ”が定番じゃないですか?」
 後ろから聞き慣れた声。私は振り向かずに答える。
「普段から思っている当たり前のことをなんでわざわざ口に出す必要があるわけ?だいたいなんで」
「そりゃ、許嫁兼お目付け役ですから、いるに決まってるでしょ。女子トイレと女子更衣室と男女別授業以外は離れるなって言われてるんです。知って ますよね?お仕事ですよ、お仕事」
 うんざりした声が返ってくる。私に負けず劣らず嫌味な口調。
「女性専用車両が抜けてるわね」
「財閥令嬢なんだからそんなもの乗らないでしょ。お抱え運転手つきリムジン侍らせてるくせに。だいたい、1人じゃ改札の通り方すら分からないじゃないですか」
「し、失礼でしょ!?スマホかざせば良いんでしょ!馬鹿にし過ぎ!」
「アプリ入れないといけないんですけど、知ってます?」
「え!?」
「銀行口座かクレジットカードと連携させなきゃ使えませんけど」
「は!?」
「で、なんでこんなところで黄昏てるんです?」
「決まってるでしょ、嘆いていたのよ。こんなにオトコがいるのに、ここから1人だけを選ばなきゃいけないなんて、まるで金魚すくい。とっても残酷。すくわれなかった残りがかわいそう」
 眼下では若手の教員が陸上部のエースと良い感じに張り合っているようで、耳をつんざくような女子生徒の黄色い声援が空間を揺らしている。
「なるほど、それで金魚すくいですか」
「金魚のフンみたいに私にくっついてるアンタには分からないでしょうね」
「その金魚のフンをポイにしてるのはどこの誰です?」
「ポイ?」
「金魚すくいのときに使う紙でできたアレですよ」
 私は昔、父が貸し切りにした縁日での記憶を掘り起こした。あれ、名前あったんだ。
「先週は5組の斉藤君、先々週は4組の武田君、その前は3組の中村君…なんでそうポンポンポンポン惚れるんですか。身辺調査と恋人の有無を確認する僕の身にもなってもらえますか?」
「うるさいわね、仕事でしょ」
「それはそうですけど、それにしても」
「試してるのよ」
「は?何をですか」
「アンタの、調査能力とか交渉力とか、なんかそういうヤツよ」
「では実際は一切惚れてなどいないということですか?」
「惚れてるわよ!言ってるでしょ、金魚すくいなのよ!」
「優雅に泳いでいるオトコどもに目移りしてるってことですね」
「な!」
 私が思わず振り返ると相手はすぐ後ろにいた。びっくりしてフェンスに体が当たってガシャリと音を立てる。
「こう見えて、僕も金魚なんですよ。フンでも、ポイでもなくね。好きに泳げるんですよ、僕も」
 言っている意味が分からない。
「許嫁と言っても、それは将来の話。今、お嬢様が彼氏を作ろうが、3股しようが、僕には関係無いわけです」
「誰が3股なんて!」
「そして、逆もまた然りです」
「はっきり言いなさい!」
「隣のクラスの山井さんに、閉会式の後、呼び出されてるんですよね。多分、告白されるかなーと思うんですが。良いですよね?お嬢様も金魚すくいをお楽しみになられるようですから」
 勝ち誇ったような顔がウザい。ウザ過ぎる。
「好きにしたら良いじゃない!!」
 自分でも驚くほど声が大きくなる。校庭では大歓声が上がる。
「私だって好きにするわ!そうよ、許嫁なんて気にしなくていいわ!」
 違う、違う、違う。そうじゃない。口を閉じなさい、私。
「そうですか?」
 ガシャリ!金網が鳴る。許嫁の顔が近い。押し付けられた?なんで?何か怒らせるようなことした?心臓が痛い。顔が熱い。何?何されるの?
「僕も、金魚なんですよ」
 ぼそぼそ喋るくせに通る声。校庭がうるさいのによく聞こえる。
「いいかげんに、自分の手を濡らして、捕まえたらどうです?」
 動けない。いつもと違う。小さいころから知ってるのに、知らない顔。笑っているような、怒っているような、感情が読めない顔が迫ってくる。

ドン!

 リレーが終わって、閉会式の前に花火が打ち上がる。その音と同時に目が覆われる。柔らかくて大きくて、温かい手の感触。

ドン!ドン!

 花火が打ち上がっていく。その音の中。

 くちびるに、柔らかいものが触れた。

「それじゃ、僕は呼び出されてますので」
 何ごとも無かったように去ろうとする許嫁のジャージをつかむ。
「何ですか?」
「…いなさい」
「何ですか?」
「私に飼われていなさい!」
「餌はいただけるんですか?」
「うるさい!」
「広い水槽用意してくださいね?」
「プールみたいなのに閉じ込めてやるからな!」
「それじゃ、断ってこなきゃいけませんね、山井さんの告白」
「行くな!ここにいなさい!だいたい、この学年に山井なんていない!」
「なんだ、バレてたんですね」
 肩をすくめてみせた許嫁のことを、私はフェンスに思い切り押し付けた。

~FIN~

屋上にて、2人。(2000字)
【One Phrase To Story 企画作品】
コアフレーズ提供:花梛
『金魚すくいって、残酷かもしれない』
本文執筆:Pawn【P&Q】

~◆~
One Phrase To Storyは、誰かが思い付いたワンフレーズを種として
ストーリーを創りあげる、という企画です。
主に花梛がワンフレーズを作り、Pawnがストーリーにしています。
他の作品はこちらにまとめてあります。

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