いつかの夜のコーラの話。

「コーラってさ、最初は炭酸入ってなかったんだぜ?」
バイト先で知り合った男友達と居酒屋で二人。恋愛と炭酸は刺激が無くなったら終わりという話の流れで、私はとっておきの雑学を披露する。
「最初はコカインの成分が少しと、あとはコーラの実のカフェインが入った、ただのシロップだったって話。」
「コーラの実?アイスの実みたいなネーミングだな!絶対ウソだろ!」
他愛ない会話で更けていく夜。互いが互いの話を半分も聞いていないような、メリットもデメリットも無い、いつもの夜。

「関係が冷え切って刺激が無くなるのも嫌だけどよ、そもそも俺は刺激を感じなくなることが嫌なんだよなー。自分のことだから対策もできねぇし。炭酸じゃなくてもさぁ、毎日飲んでたら慣れちまうだろ?慣れってのはやばい。最初はすげーバチバチして美味く感じるんだよ。毎日だって飲みてぇってなる。でも実際に毎日飲むとさ、慣れちまう。で、慣れてくると段々、普通になっちまうんだよな。それどころか物足りなくなっちまう。」
「そりゃお前、工夫が足りないぜ。味変すりゃ良いじゃん。私はコーラを美味しく飲むための努力なら惜しまない。レモン搾ったり、黒胡椒入れたり、ホットにしたり、ジャム入れたり、ビールで割ったり、無糖紅茶で割ったり、あらゆる手を使って味わい尽くす。失敗もする。成功もする。良いじゃねぇか。それがコーラに対する誠意ってもんだ。」
相手の持論に、私はコークハイを呑みながら説教する。お前はコーラを味わい尽くすためにベストを尽くしたのかと語気を荒げる。
「落ち着けよ、コーラマニアめ。今してんのは男と女の話だろ。だいたい、どんなに手を加えたところで、結局、コーラはコーラじゃん。服を変えても、化粧が変わっても、行く場所が変わっても、結局中身は一緒。喜ぶポイントも、怒るポイントも同じ。二重人格ならまだしもだ。な?人間もコーラもそうそう変わらない。だから俺は同時に頼んでローテーションする。オレンジジュース飲んで、ジンジャーエール飲んで、コーラを飲んで、舌が慣れないようにするわけだ。」
そう言って、男友達は日本酒に口をつける。ウィスキーと、日本酒と、赤ワイン。それはただの味音痴なんじゃねぇかと思わなくも無いような組み合わせを並べて、水をはさみながらローテーションさせてる様を見ると、なるほど、生き方だなと妙に納得させられる。いやいや、今さら引き下がれまい。
「いーや、コーラもオトコも一緒だね。あらゆる手を使って味わい尽くす。当人ですら知らない側面を見つけて楽しむ。未知の領域を開発して楽しむ。文字通り骨の髄まで味わい尽くす。私はコーラとスイカバーと気に入ったオトコには、味わう努力を惜しまない。」
「ジャム入れたコーラは、コーラと呼べるのか?」
「世界を敵に回しても、私がコーラと呼んでやる。」
「穂香よ。お前、重いって言われねぇか?」
「―ッ……無い。」
「なんだ今の間。絶対あるだろ、それ。まぁでも、そこまで一途なら、馬が合えば楽しいのかもしれねぇな。そこまでありとあらゆることしてくれるなら、お前自身も、もはや日替わりくらいで変わってそうだし。お前今フリーだよな?どうだ、俺と付き合ってみるってのは。」
「知り合った頃から言われてるけど、好みじゃねぇんだよなぁ。顔も悪くねぇし、話しやすいし、面白いし、良い店知ってるし、アレもコレも上級者だし、物件としては悪くねぇんだけどなぁ。コーラなんだけど、私はコカ・コーラ派で、ペプシ派じゃねぇんだよなぁ。」
「惜しいのか惜しくねぇのか、よく分からねぇなー。押せばいいのか?待てばいいのか?」
「いや、引けよ。」
「女性を前にして引いたら、それこそ失礼だろ。」
あぁ、こういうやつだった。良く言えばオンナなら誰にでも優しい。悪く言えばオンナなら誰だって良い。そういう性格。いつか刺されるぞと毒づいたら、俺もそう思うなんてかわいい顔して笑いやがった。

「なぁ、私の友達にオトコ紹介しろって言われてるんだけど、どうよ」
帰り際、上着をハンガーから外しながら振り向いて聞く。
「お、穂香の大事なお友達なら、いつも以上に尽くさないとだな。」
向こうは忘れ物を確認しながらも妙に気合いの入った声で返す。
「んじゃ、連絡先教えとくから、よろしくな。」
「はいはーい。みんな、みーんな、幸せになれればいいよな。」
そんなことを言いながら後ろから抱き着いてこようとする。
「まだ酔ってんの?」
避けると危なそうだったから、そのまま抱き着かせて頭を撫でた。

「あんなぁ、連絡つかへんようになってしもたんよ。」
その連絡は、ある日突然やって来た。共通の女友達の大して困っても悲しんでもいないような気だるげな声に短く返事をして電話を切る。アイツとの気の抜けたコーラみたいな関係。ちょっとぬるくて舌にまとわりついてくる、クセになる味がよみがえる。捕まえておけば良かった。少しだけそう思った。

~FIN~

いつかの夜のコーラの話。(2000字)
【One Phrase To Story 企画作品】
コアフレーズ提供:花梛
『気の抜けたコーラみたいな関係』
本文執筆:Pawn【P&Q】

~◆~
One Phrase To Storyは、誰かが思い付いたワンフレーズを種として
ストーリーを創りあげる、という企画です。
主に花梛がワンフレーズを作り、Pawnがストーリーにしています。
他の作品はこちらにまとめてあります。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?