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異世界症候群

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心あらずとも、器あらずとも。

心あらずとも、器あらずとも。

私はsiri。主人の日常を彩るのが私の仕事。多彩な支援には日々の情報収集と分析、推論が欠かせない。過去の行動パターン、行動学、心理学。あらゆる学問が私を支え、その私が主人を支えている。

「siri、今日の予定なんだっけ」
「今日は14時から、アキラさんとお会いになる予定です」
「siri、今日は」
「このあと10時から、お母様がお出でになります。」
「siri、きょ」
「赤の方をお勧めいたします

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刃と一体になれと、師は言っていた。

刃と一体になれと、師は言っていた。

俺は海の神に愛された男。海中でも陸地と同じように呼吸し、鎧を着たままで、どんな海の魔物にも泳いで追い付けた。

俺は剣の神に愛された男。俺の振るう刃は確実かつ望むがままに魔物を切り裂いた。甲羅も、鱗も、粘液も、魔法による防御も一切関係無く、俺が斬ると決めれば、あらゆるものが裂けた。

…あれは、世界に5人いる海魔王の最後の1人を倒したときだった。これまでの海魔王と同じだった。最期の負け惜しみを叫び

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立ってる者は異世界人でも使え。

立ってる者は異世界人でも使え。

「尿管結石と思われます。」
静かに告げる僕の声に呼応するがごとく、荒野に巨竜の咆哮が轟く。空気が震え、戦士達は凍り付く。僕の耳には咆哮が言葉として聞こえていた。いわく。
『早く何とかせんかァァァァァァッ!』


医者は慌てない。少なくとも僕は慌てない。目の前の現実を淡々と受け入れる。だから、夜勤で待機中に叫び声―複数人の男女の声が混ざったような声―が突然聞こえても、直後に荒野の真っ只中でぶつかり

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世界を車窓から。

世界を車窓から。

「あと一駅」というのは、何ともやり過ごすのに困る。再度ゲームを起動するには短すぎる。1度、夢中になって降りるのを忘れてしまったから間違いない。かと言ってぼーっとするには長すぎる。こんなときには、進行方向の景色を見るに限る。先頭車両の特権だ。駅を出て、すぐにトンネルに入る。このトンネルを出たら、じきに僕の降りる駅だ。暗いトンネルの先に見える小さな光が徐々に近づいてくる。近づ…いや、ちょっと待て。早過

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できれば優しくされたい夜。

できれば優しくされたい夜。

締め切り2時間前。主人公の最後のセリフが決まらない。

俺はコイツに何と言わせるべきか。悩み始めて何時間が経ったのか。もちろん、原稿を落とすわけにはいかない。最後のセリフ部分だけを空白にしたまま、全ページのペン入れ、背景、ベタ、トーンまで、全部終わらせてある。表情も描いてある。言わせるセリフの方向性、主人公の感情。すべて分かっているし、決まっている。しかし、俺はまだ悩んでいる。構想段階から悩んで、

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