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54x字の物語

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真夏、キッチンにて。

真夏、キッチンにて。

 何かを煮込んでいるときの鍋の中を見るのが、僕はたまらなく好きだ。ぼこぼこと泡立つ水面、浮いた灰汁、その間から覗く煮込まれているものがゆらゆらと浮いたり沈んだりする様。むせかえるような臭いと熱気に気を失いそうになったこともある。それでも、何時間でも眺めていられる。ラーメン屋さんにでもなるべきだったかな、なんて思うくらいには楽しくて、眠るのも、食べるのも忘れてしまうくらい。

 あの日は豚の角煮を作

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ぶちかませ火属性。

ぶちかませ火属性。

 ひんやりと乾いた空気に思わず見上げる。天井に反射したはずの光は眼球に大量の空気とあまりの距離に阻まれ、這う這うの体で網膜に到着していた。つまるところ、天井は遥か彼方、存在するかしないかの絶妙な具合の見え方をしていた。そんな場所だから、靴音も妙な響き方をしながら近づいてきたのだった。

「ようこそ、世界の中心へ。」
「幼馴染に呼び出されたと思ったら、阿呆みたいに本がある変な場所で、挙句の果てに世界

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この美しさ、未だ筆に宿らず。

この美しさ、未だ筆に宿らず。

 私の故郷、片田舎のこの町には絵描きがいる。彼が路上で売っている絵は、どれもこれも麗しい天使の絵だ。構図も色も表現も実に様々で、よくこれだけの天使を描けるものだと驚かされるばかりだ。私も画家を志していた身だから、才能に嫉妬すらしてしまう。彼は神さまに、いや、天使に選ばれているのだろう。彼の見ている世界はいったいどうなっているんだろうか。彼は今日も絵を売りながら、難しい顔でキャンバスを睨みつけている

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オキテ。

オキテ。

 大学入学を期に1人暮らしを始めて、少し経った頃から、私は金縛りに遭うようになった。金縛りが始まるのは決まって午前1時。最初こそ驚いたものの、金縛りが1分で終わることが分かってからは気にすることもなくなった。それどころか、私は利用すらしていた。部屋にいると何をしていても12時には眠りに落ちてしまうから、不眠とは無縁だったし、1時には必ず金縛りが起こるから、レポートが終わらなくて徹夜したいときには効

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