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企業側が必要なデータではなく、お客さまが必要なデータから考える

コロナ禍によって、様々な産業でDX(デジタルトランスフォーメーション)が一気に加速しています。そして、小売業界でもデジタル化の勢いは増すばかりです。
ただ、一概に「小売業界におけるDX」と言ってもその捉え方やアプローチは様々あるなかで、Patheeでは「小売業界におけるDX」をいくつかのステップで捉えています。
まず最初のステップとして重要なのが、店舗に関わる様々な情報をデジタル化し、マーケティングに活かすことだと考えています。
そこで今回の連載企画では、Patheeのマーケティングマネージャーの原嶋が、「いま小売業界がデジタル化するべき情報は何か」をテーマに、最前線で活躍するキーパーソンにインタビューしていきます。

お客さまと、“深く、広く、長く”つながる関係を築くオムニチャネル戦略

原嶋:
まず篠塚さんの株式会社ワコールでの、これまでの経験と、現在何を担当されているかをお聞きしてもよろしいでしょうか。

篠塚:
販売部門や商品部門の経験を経て、現在はイノベーション事業推進部にて全社のDX推進をしています。

原嶋:
御社ではオムニチャネルはどのように考えられているのでしょうか。

篠塚:
ワコールの進めるオムニチャネル戦略は、「お客さまと、¨深く、広く、長く¨つながりつづける関係を築く」ことと考えています。

弊社は1960年代の高度成長期の百貨店、1980年代のGMS・量販店と
いう2つの¨チャネル¨の拡大とともに事業成長をしてきました。そうした背景もあり、ビジネスモデルから社内の組織、さらには商品戦略までが、チャネル別という区分でなされてきました。

1990年台後半からのEC事業の台頭、家計支出に占める通信費の割合がアパレルを上回るなど(総務省データより)、様々なマーケティング情報からも見られるように、お客さまの価値観が変化してきている中で、従来の成功体験に縛られていたワコールは、その変化に対応しきれていない、と感じていました。

このような背景から商品展開や販売方法などをオンライン・オフライン、またチャネルなどでそれぞれ分けて考えるのではなく、「お客さま」を軸に、お客さまとの接点すべてをフラットに「オムニチャネル」として考えるよう変革を進めているところです。

原嶋:
お客さまとの接点全てを「オムニチャネル」と考えた上で篠塚さんがされているDX推進はどのようなものでしょうか。

篠塚:
お客さまとのすべての接点としての「オムニチャネル」を考えたときに、ワコールが軸として大切にしていくのは、やはり、店頭での接点です。弊社には国内で、約3000の店舗と、約3500名の販売員(ビューティーアドバイザー)がいます。その店頭を旧来型の商品を販売するための場ではなく、お客さまとの最大の接点の場として進化させ、変えていこうと考えました。

元々、下着業界はECとの親和性が高く、ECでの購買が一層加速する状況ですが、弊社では、80%以上のお客さまが店頭でのお買い物をされているという事実があります。その店頭という場をいかに革新させられるかを考えて、AIを用いて最適なブラジャーを提案するワコールの新しい接客サービス 「3D Smart & try」を開発しました。

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デジタルで、よりストレスフリーに、より快適に、下着選びをしてもらいたい

原嶋:
ご担当されている 「3D Smart & try」についてさらにお聞きしたいと
思っています。 「3D Smart & try」で取得した下着を購入するために必要なデータにはどのようなものがあるのでしょうか。

篠塚:

下着はサイズがとても重要なのですが、約7割の人が自分のサイズを勘違いされているというデータが弊社の調べで出ています。正しいサイズに加えて、体型特徴、年齢、また着用感のお好みなども加味する必要があるので、実際に採寸をして、試着をしないと自分にぴったり合うブラジャーを見つけることが難しいでしょう。

しかし、販売スタッフにからだを見せるということの恥ずかしさやストレスなどの感情から、試着やフィッティングに抵抗のあるお客さまも少なくありません。下着を買いに行くための下着がないというお話をされる方もよくいます。デジタルで、よりストレスフリーに、より快適に、下着を選んでもらいたいと考えたのが「3D Smart & try」というサービスです。

「3D Smart & try」は、3Dボディスキャナーを使って、5秒間で
約150 万点の点群を計測して、バストをはじめ全身18カ所の正確なサイズ、また体型の特徴を判定する、お客さまがセルフでできるサービスです。

原嶋:
サイズに加えて体型特徴と年齢だと相当な商品データが必要になりそうですが、どれぐらい分類分けされているのでしょうか。

篠塚:
サイズや特徴など全部掛け合わせますと135万通りあります。

まずサイズですが、カップがA〜Iまで、アンダーサイズが5センチ刻みで65〜120まで、それにプラスして、オーダーサイズがあります。これだけで100SKU以上あります。それに加えて、カラーバリエーションも入ってきます。
サイズ以外では、体型特徴も加味する必要があります。下記の体型特徴によって「ぴったり合うブラジャー」は変わります。

1. ボディオーバル
2. トップテーパー
3. バストのボリューム
4. バージスライン(バストの底辺)の幅
5. ピッチ(バスト間の距離)

上記の5つのタイプとご質問いただいたブラジャーとは直接関係ないのですが、下半身に1項目(ボトムテーパー)あります。

さらに年齢区分(エイジング)で、4段階に分けています。一概に実年齢というわけではなく、バストの柔らかさ、エイジングステップという設定をしています。
これらすべてを掛け合わせると、135万通りになります。

135万通りのお客さまの体型タイプに対して、その中からさらにお客さまの個別のご要望、お悩みを踏まえた上で、最適な商品を提案するということは非常に難しいことです。ブラジャーは約30~40ものパーツからできており、商品特徴や分類は、すべて掛け合わせると「京」の単位にまで及びます。これだけの膨大な商品から最適な商品を選別するために、IBM社のWatsonを活用しています。

原嶋:
135万通りは他業界比べても圧倒的ですね。
これだけのデータを 「3D Smart & try」ではどのように取得して、表示したかを教えていただけますでしょうか。

篠塚:
お客さまのからだを3Dボディスキャナーで計測し、全身18か所の採寸値やバストの体積をベースにしたバストサイズの判定、下着を選ぶ際に必要な体型の特徴を判定する形にしています。
女性メンバーが中心となって開発を進めており、常にお客さま視点で、当然ではあるのですが、「女性がされたくないこと」はしない、ということには気を配りました。

データの表示については、理想や平均といった値を記載しないようにしています。これは様々な考え方があるところなのですが、お客さまの体型に理想や平均というものを勝手に押しつけないことが、現代の美の多様性につながると考えています。

あとは取得したデータで作られた3Dデータをお客さまにご自身でゆっくり見ていただくプロセスも大事にしています。本来、商品の購買に直結させるという観点ならば省いても良いプロセスになりますが、自分の姿を自分のペースでゆっくり見ることにも価値を感じていただけるだろうと考えたからです。お客さまにとって何が楽しみかを考えることは、常に大切にしていきたいです。

原嶋:
店舗体験の部分を中心にお話いただきましたが、ECで下着を選ぶ際に重要になってくるデータは何かありますでしょうか。

篠塚:
ECを店舗体験と特別に分けて考えていません。
ECで購入するお客さまは、販売員との対話が苦手であったり、利便性を重視したい方だと思っています。あらゆる接点でもきちんと合ったものにストレスなく出会えるという選択肢を提供することが大事だと思っています。最終的に、どこで買われる場合であっても、十分な顧客体験を提供することを考えていく必要があります。

「3D Smart & try」ではスキャナーだけでなく、アバターに相談できるサービスも非常に好調です。自分のからだを見せることには抵抗があるけれど相談はしたい、というニーズは高いと感じました。

小売業的には、人を介した対面接客は大切だ、重要である、という結論に帰結しがちですが、店舗におけるお客さまへのサービスの提供の仕方にもいろいろな選択肢があった方が良いと思います。一言に接客と言っても、「本当に人が目の前にいることが必要なのか」「気兼ねなく相談できることが重要なのでは」など、ストレスフリーという面で追求すると新たな気づきがすごく多いなと思いました。

アバターでは、お客さまのご要望に応じて、その場では相談とアドバイスだけをして、ECでの購入方法をご案内する、といった対応もしています。

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自社のミッションを実現するためのデータは何かと徹底的に考える必要がある

原嶋:
最後にご自身がDX推進をした経験から、これからDXを始めたいと思っている方達に、推進していくためのアドバイスをいただけますでしょうか。

篠塚:
世の中のデータは、ほとんどが企業にとって必要なデータとか、企業がお客さまを把握するために必要なデータであることが非常に多いなということを感じています。
一番大事なデータは、お客さまの課題を解決するデータであって、お客さま自身が必要とするデータです。その考えから生まれたのが
「3D Smart & try」だと思っています。

弊社は「世の女性に美しくなって貰う事によって広く社会に寄与する」をミッションに掲げています。女性が美しくなるということに対する選択肢にはいろんな形があって、その選択肢の中の一つとしての下着なので、もともと下着に必要なデータという考えではなくて、女性が美しくなるために必要なデータというものを突き詰めています。女性が美しくなりたいと思った時に、お客さま自身の人生を豊かにできるようなデータって何だろうというところからボディデータに行き着いています。

自社の課題解決とか自社の売上を伸ばすという視点ももちろん重要だと思うのですが、自分の会社や事業がどういう角度で社会に必要とされるのか、会社の存在意義みたいなものに照らした時に何のデータを持つことが自社にとっても、お客さまにとっても、社会にとっても意味があることなのかということを考えることが重要なのかなと思います。

原嶋:
DX推進のためにデータを取らなくてはと焦っている方は、もう一度会社のミッションから必要なデータを逆算することから始めると良さそうですね。
本日はありがとうございました。


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