見出し画像

#39:小惑星 ある夫婦の奇跡Ver.

 小惑星が地球に衝突し、人類滅亡するまで、あと3ヶ月。残り3ヶ月の人生と分かったら、何をするべきだろうか。どう過ごすことが正解なのだろうか。正解などあるわけがない。人それぞれの幸せは違うのだがら。

第一章 ある夫婦の奇跡

 今日の夕ご飯は、トマト三昧。
「このミニトマト美味い!」
「そうでしょ。今年は、ミニトマトが大豊作なの。肥料を変えたせいか、今年は甘いよね。」
妻の美由紀が笑顔で答える。5年前念願の庭付きの家を購入し、美由紀は家庭菜園を始めた。その家庭菜園のおかげで、今我が家は世の中と反対に、明るい生活を取り戻した。

  ***
 半年前、美由紀が癌と告知された。すでに何箇所も転移していることが分かり、完治は無理だろうと医師に告げられた。今後の選択肢は
①抗がん剤治療で癌を抑え、腫瘍が小さくなれば手術。しかし、転移箇所はたくさんあり、完治は困難。副作用も辛いだろう。
②副作用の少ない内服薬の抗がん剤。もちろん副作用が少ない=効果はあまり期待出来ない。
③緩和医療。癌の治療はせず、症状に対して対症療法をし、出来るだけ今までと変わらない生活を目指す。
貴之は①を選んで欲しかった。少しでも長く生きていてほしい……しかし、辛い思いをするのは、美由紀だ。美由紀の顔を伺うと、毅然とした表情だ。
「先生、CT、MRIの画像見せてもらえませんか?私、元ICUの看護師ですので、多少画像判断が出来ます。自分の状況を知りたいです。」
医師は、PCで画像を見せる。美由紀は冷静に見ている。貴之だけ置いてけぼりだ。
「ありがとうございます。余命1年といったところでしょうか?」
「一概には言えません。平均的に言うなら、それくらいかと思います。しかし、抗がん剤で効果があれば伸びますし、長年医師をやっていて、生命欲がある人は余命など、あてになりませんから。」
美由紀はクスッと笑い、
「先生は良い先生ですね。私も生命欲は同じ意見です。奇跡をたくさん見てきましたから。夫と話し合って、次回返事を致します。」

  ***
 帰宅後、美由紀は謝った。
「なんで謝るんだ?美由紀はなにも悪くないだろう?」
「病気になったこともだけど、あなたにこれから迷惑をかける。それと今後の治療法だけど、私は①は選ばない。②の抗がん剤は確かに副作用はほとんどないから、正確には②と③の併用かな。」
「辛いのは美由紀だから、俺が言うことじゃないけど、可能性が0じゃないなら、①の選択肢は全くないの?」
「ない。今回使われる抗がん剤の第一選択は、かなり副作用が強い。画像見せてもらったけど、完治は奇跡が起きない限り無理だよ。手術出来ない場所もあった。それに抗がん剤が強すぎて、余命より早く死んじゃうかも。それなら余命が伸びても、抗がん剤の副作用で辛い毎日を送るより、今まで通りの生活を少しでも長くしたい。」
美由紀はきっぱり言い切った。貴之はなにも答えられない。

  ***
 それから我が家の雰囲気は暗くなった。気にしないように生活しようとしているが、お互い相手に気を使いすぎて、よそよそしい。このままでは良くない、美由紀が望んだのは、今まで通りの生活だ。貴之はなんとかしなくては、と思ったとき、3ヶ月後に小惑星が地球に衝突し、人類は滅びるという発表がされた。美由紀とそのニュースを見ながら、
「嘘だろ?そんな小説や映画みたいな話があるのか?」
「私の病気が完治するのと同じくらいの奇跡かも。でもごめん、私少し嬉しい。だってこれから私は弱っていって、あなたに迷惑かけないで済むと思ったら、気が楽になった。」
美由紀は申し訳なさそうに言う。
「そうだな、俺も1人残されるのは嫌だった。でも2人で一緒に手を繋いで、近付いてくる小惑星を見るのも良いかもな。」
貴之が言うと、美由紀は微笑んだ。

  ***
 その後世の中は混乱し、街は暴徒化したが、美由紀の家庭菜園のおかげで、2人は街が落ち着くまで家に閉じこもり、世の中が不穏な空気の中、反対に笑顔で暮らすことが出来ていた。ゆっくり家で映画鑑賞したり、家庭菜園をしたり、のんびり過ごした。美由紀が癌の告知を受けてからの暗い雰囲気が消え、元の明るい生活に戻った。 

  ***
 貴之は美由紀の家庭菜園を手伝う。ミニトマトがたくさん成っている。
「今日もトマト料理だね。さすがに飽きてきたから、新しいメニューを考えなきゃ。」
美由紀が笑う。貴之は幸せだな、と思う。死が間際に迫っているというのに。

  ***
 小惑星が地球に消滅して、人類が滅びるなんて最悪な奇跡だろう。だが、そのおかげで俺たちは、今お互い気を使わずに、元の明るい生活に戻ることが出来た。もちろん美由紀の癌が治る奇跡の方が好ましいが、夫婦2人で笑顔で一緒に旅立てるのも奇跡だよな。みんなには悪いけど、貴之は小惑星に少し感謝をしている。きっと美由紀も同じ気持ちだろう。

第一章 完

【あとがき】
 自分が死ぬ日が決まったら、なにをしますか?旅行に行く、友人と会う、家族と過ごす、美味しいものを食べる、人それぞれで違うでしょうね。
 今回は、人々が最後にどうやって暮らすのかをそれぞれの視点で書いていきたいな、と思っています。ただ連続して書かずに、その日の気分で全く別の話を差し込みつつ、上げていくつもりです。どれを読んでも大丈夫にしようと思っていますが、どうなることやら。さて、次はどんな人たちの人生を書こうかな。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?