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#44:運動神経が悪い彼

 さやかは、どのスポーツも普通よりやや上という器用貧乏タイプ。体を動かすことが好きだから、メジャーなスポーツは、一通り経験済み。学生時代は普通に男子とも手抜きなしで勝負!そんな生活をしていたさやかは、スポーツが苦手な人と関わる機会がなく、いわゆる運動音痴の人の存在を良く知らなかった……

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 会社の同期である洋平に、告白されて1ヶ月。洋平は配属は違うが、同期であるため、定期的に会っており、1番仲が良く、なんでも言い合える仲であった。私たちの会話に恋愛要素はなく、さやかは洋平を恋愛対象として見ていなかった。そのため、突然の告白に驚いた。しかし、洋平の真剣な目と、6年間洋平と過ごしてきた日々を考えると、自然と出てきた答えはYESだった。

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 さやかはストレスが溜まってきており、体を動かしたい衝動に駆られていた。そのため、仕事終わりに洋平にバッティングセンターに行こう!と誘った。さやかは、バッティングセンターが好き。元彼とも良く行っていた。でも女1人で行くには、少し勇気がいる。せっかく彼氏も出来たことだし、一緒に行ってもらおう!そんな軽い気持ちで誘ったが、まさかこんなことになるとは……

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 バッティングセンターにつき、さやかは何km/hのボールにしようかなーと悩む。そして、100km/hを選ぶ。すると洋平が驚く。
「え?普通女性って70とかじゃないの?」
「遅い球を打っても気持ちが良くない。ある程度早い球の方が勢いもついて打ちやすいの。」
と答えて、100km/hのバッターボックスに入る。まずまずヒットし、2、3球はホームラン近くに打った。
「惜しかったなー。一度で良いからホームラン当ててみたい!洋平やる?」
さやかが言うと、洋平は苦笑しながら同じ100km/hのボックスに入っていく。さやかは外で座って観戦。すると全て空振りどころか、全くかする気配もないし、そもそもバットの持ち方、フォームもぐちゃぐちゃ。嘘でしょ?バッドの持ち方も知らない男性っているの?男の子で野球を通らない人生ってあるの?いや、もしかしたらサッカー派だったのかもしれない……さやかはまだ目の前の現実を受け入れたくない。

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「なんか調子悪いなー。」
気まずそうに洋平はバッターボックスから、出てくる。
「そういう日もあるよね!あっちにピッチャーバージョンがあるよ。私やったことないから、やってみたい!」
さやかは明るく答える。さやかがバッドの持ち方を教えるのは、プライドが傷つくだろう。だがこのままだと70km/hでも当たらないだろう。これ以上やらせるのは洋平も私も辛い。しかし、すぐにここを出るのも気まずい。悩んだ結果のピッチャーバージョンだが、投げることは出来るだろうか……

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 ピッチャーバージョンは、テレビで見たことがあるストラックアウトマシンの9枚バージョンであった。さやかは小学生の頃、男女混合の地域の野球団に参加していたが、守備はセカンド。ストラックアウトは、ピッチャーでも当てるのは難しいと聞く。さすがに1枚も当てることは出来ないだろう。お互い当たらなければ、悔しいねーと笑って帰れるはず!
「よし!じゃぁ、やってくる!」
さやかは洋平に声をかけ、ピッチャーマウンドに立つ。結果はまさかの2枚泣き。うん、嬉しいよ。でもこの状況でかぁ。
「ちょっと、奇跡が起きちゃったよ!こんなところで奇跡の無駄遣いしちゃうなんて損した気分。お腹空いたし、ご飯を食べに行こうかー?」
さやかは戯けて、洋平に言う。多分、いや間違いなく、さやかの記録を洋平が抜くとは思えない。せっかく付き合い始めて、まだ1ヶ月。こんな初めから気まずくなりたくないじゃないか……
 しかし、洋平は自分もやると言う。意地なのか、それとも本当にやってみたいのか、さやかは判断がつかない。しかしやると言っているのに止めるわけにもいかない。さやかは、洋平を見守る。すると、洋平が投げる球はバッターボックスまで届かない。さやかは心の中で頭を抱える。マジか!?想像以上だ。

  ***
 洋平が表情が暗い状態で出てくる。さやかは洋平にかける言葉が見つからない。
「ごめん、俺、運動音痴なんだ……さやかが運動神経がこんなに良いとは、思わなかった。俺たち別れた方が良いかな?」
は?なんで別れ話になるの?さやかが洋平のプライドを傷つけたのは分かる。でも運動神経が良いと言う理由でさやかを嫌いになった?それってすごく格好が悪くない?器が小さすぎない?
「私は洋平と一緒にいて楽しいよ。洋平が運動音痴だから、別れたいとは思わない。でも洋平が私といるのが嫌なら、うん、別れて友達に戻ろう。」
「違う。俺だって、さやかと一緒にいて楽しい。だけど、さやかは運動音痴の俺と付き合うのが恥ずかしいだろうし、一緒に運動することも出来ない。もっとさやかに相応しい相手が良いのかな、って思ったんだ。」
「ねぇ、今本音で話している?本当に私のために言っているの?自分が私といて情けなく感じて、逃げようとしているってことはない?」
さやかはキツイことを言っていることを自分でも分かっている。でもそこはきちんとしないと、今後付き合ってはいけない。告白を断る良くある理由の1つ。「貴方には僕より相応しい相手がいる」さやかはその言葉が大嫌いだ。断るなら、はっきり断るか、嫌われるような言葉をかけるのが、本当の優しさだとさやかは常々思っていた。だから、ここは譲れない。洋平は唇を噛みしめる。
「彼女より運動神経が悪い俺は情けない。でもさやかがこんな俺でも良いと言ってくれるなら、別れたくない!」
よし、100点満点の言葉。さやかは笑顔になる。
「ねぇ、人それぞれ苦手なものはあるよね。私だって、洋平に敵わないところがある。私は運動以外に洋平とたくさん一緒にしたいことがあるよ。それじゃ、駄目かな?」
さやかは、洋平に手を出す。洋平はその手を握り返す。
「あまりに俺の運動音痴はずば抜けているだろう。今までずっと馬鹿にされてきたから卑屈になった。ごめん。でも俺に出来て、さやかに出来ないことはなんだろうなぁ。」
「確かに酷かったね。付き合ってなかったら、私爆笑してたかも。なんだろうね?でも付き合っていけば、私が苦手なものはこれから見つかるんじゃない?」
「悔しいな、早く見つけたい。あ、そういえば、観たい映画があるんだ。今度一緒に行こう。」
「良いよー。なんていう映画?」
「マニアックな映画だから、多分知らないと思う。ホラー映画なんだけど、その監督がすごいんだ!〜略」
熱くホラー映画について語る洋平。さやかはホラー映画が苦手だ。私たちはどうやら趣味が合わないらしい。幸先不安になってきたさやか。洋平の熱弁がきれたため、さやかは尋ねる。
「洋平は運動が苦手だから、今後運動はしない。つまり、私も苦手なものは、避けられるってことだよね?」
「ん?俺はバッティングセンターに付き合ったんだから、さやかも苦手なものでも最低1回は付き合うべきだろう?もしかして、さやか、ホラーが苦手か?」
洋平がニヤニヤしながら、さやかの顔を覗いている。気が強いさやかが、ホラー映画に怯える姿を洋平に見られるなんて、屈辱だ。でも洋平は苦手なバッティングセンターに付き合ってくれた。さやかのそんな姿を見られるのは悔しいけど、1度は覚悟を決めるべきか……

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