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市井の名もなき英雄たち 韓国映画【タクシー運転手】

韓国での公開は2017年(日本は2018年)。ソン・ガンホ主演の、1980年に起こった光州事件を題材にした実話ベースの映画です。韓国国内で1200万人を動員して大ヒットしました。

監督はチャン・フン。傑作高地戦を撮った人ですね。あまりにもカラーが違うので気づきませんでした。もともとキム・ギドクの助監督をしていたそうです。

【あらすじ】
お金はないけど陽気な性格で、可愛い娘と二人暮らしのソウル在住のタクシー運転手のキム・マンソプ(ソン・ガンホ)は、10万ウォンの高額な運賃に惹かれ、ドイツ人記者のピーターを乗せて光州へ行くことに。厳しい検問の末、なんとか光州に入った二人ですが、テレビや新聞では全く報道されない光州の現状に驚き、この事実を撮影して、全世界に発信しようと映像を持ち帰ろうとするが…。

陽気なタクシー運転手のキム・マンソプ(ソン・ガンホ)が、大きな声で歌いながらソウルの街にタクシーを走らせるシーンから始まります。いい感じで気が抜けていて、街ものどかな雰囲気で、なんだかいい時代だなぁなんて思わず微笑んでしまうのですが、そんなキム・マンソプにも金欠という悩みがありました。そんな時、光州まで外国人を連れていくと自慢していた別のタクシー運転手の話を飲食店で盗み聞いて、高額な運賃に釣られてお客さんを横取りしちゃうわけです。

ソウルから光州は、直線距離でいうと東京ー名古屋くらいかな?その距離をおんぼろのタクシーで移動して行くのですが、近づくたびに、検問があったり通行禁止になっていたり、光州へ入ることを誰かが阻んでいるのです。

実はこの時、光州では粛軍クーデターに抗議する大規模なデモが行われていて、それに対して政府は軍隊を使って弾圧し、多くの負傷者が出ていました。だけどソウル市民であるキム・マンソプはその実情を全く知らずに、「なんか光州で学生たちが騒いでいるらしいな」程度に思っていたのです。

キム・マンソプが知らなかったのは、マスコミの情報が統制がされていて、光州の実態は全く外部に伝わっていなかったから。後に、この事件での死者は154人と政府が発表しましたが、実際には2000人とも言われていて、いまだに不明瞭な部分が多い事件のようです。

どうにか光州に入ったキム・マンソプとドイツ人記者のピーター。光州での現状を目の当たりにし、少しずつ事の大きさに何となく気づいていくキム・マンソプ。だけど所詮彼はタクシー運転手で政治活動家でもなく、とりわけイデオロギーもない。それよりもソウルに一人残してきた娘が何よりも心配だから、目の前の由々しき事態には目をつむり、さっさと運賃をもらって早くソウルに戻りたいのです。

だけど、ドイツ人記者の通訳を買って出てくれた大学生のク・ジェシク(リュ・ジュンヨル)や、光州のタクシー運転手のファン・テスル(ユ・ヘジン)など、光州で出会った人たちによって、少しずつ気持ちが変わっていきます。

その、無関心だった一般市民の気持ちが変わっていく描写がまたお見事。演出も素晴らしいけれど、やっぱりソン・ガンホの演技の賜物でしょう。非力で自己中心的だった人間が、一念発起して殻を破る瞬間。あっという間に誰かのために行動する人に変化して、みんなの熱い思いを乗せて、タクシーを走らせていく・・・。

本当に世界を変えてきたのは、歴史に名を残したヒーローではなく、多くの名もなき英雄たちだったのだと思います。

一見重いテーマですが、エンタメ性も両立していて楽しめる部分も多いです。そして、どうしても思い起こされるのが、今のミャンマー情勢。こちらも発端は軍のクーデターで、その後の市民への武力弾圧、情報統制も全く同じ道を歩んでいます。何もできないかもしれないけれど、現在進行形でこういうことが起こっているということは、忘れずに心に留めておきたいと思いました。

極私的スキ度★★★★★★★★(8)




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