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mors

ここ数日、大地が揺れていた。
いつものことだったので誰も気にも留めていなかった。
父も母も長老や奴隷たちも。
もちろん私も。
ここはベスビオ火山のふもとの町でそのベスビオ火山はいつも噴煙を上げていた。
噴煙を上げてはいたが、それはいつものことだったし地震もまたいつものことだった。
だれもいつものこととして何も気にしてはいなかった。
そして『その時』はやってきた。
ベスビオ火山が大噴火を起こしたのだ。
空は一瞬で暗くなり、噴煙の煙と溶岩が私たちのいる町に向かって迫ってきた。
私たちは持てるだけの家財を持ち船着き場へ向かった。
そこはもうこの町から逃げようとする人々で溢れかえっていた。
だがこの場にいるすべての人々が乗り込めるような大型の船はなく、小型の船に分かれて乗り込んでいた。
その小型の船も十分な数があるわけでもなく、私たちは明日船に乗ることになった。
まだ噴煙や時折降ってくる石などもまだそれほどというほどでもなかったので、明日までは大丈夫だろうというのが大方の人々の考えだった。
そう、のちの人々なら知っている見えない死神~有毒ガス~がもう私たちの足元にまで来ているとは全く知らなかった。
私たち一家は船着き場近くの倉庫に一泊することとなった。
そして朝一番に船に乗ることとなった。
倉庫の中で私たち一家は持ってきた家財を皆肌身離さずにいるよう父に言われて胸に抱いてそのまま眠りに就いた。
思いがけずローマへ向かうこととなり、私と兄弟たちは浮かれた気持ちでいた。
今の状況をそれほど深刻なものとはとらえてはいなかったのだ。
ちょっとした小旅行のような気分だった。
明日は船に乗ってローマへ向かうのだ。
有名な剣闘士の試合が見れるかもしれない、そんなことを話しながら私たちは眠りについた。
そして見えない死神は私たちのすぐ近くまで来ていた。
静かに音もなくそれは私たちに襲い掛かってきた。

そして私たちは二度と目を覚ますこともなく、歴史の中に消えていった。

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