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ギロみたいでカッコいいよ

最近ゴーヤが美味しい。

季節的なこともあるけど、たぶんゴーヤくらいベテランだと進化の過程は終えてハイパフォーマンスをどれだけ維持し続けるかにシフトしているはずなので、変わったのはゴーヤじゃなくて私の方だろう。

子供の頃はゴーヤの苦味が苦手で四苦八苦しながらゴーヤチャンプルのゴーヤだけ避けて食べたが、たまにちっちゃいゴーヤが付いてて「苦い!」ってなり苦渋をなめた。

二十代になるとゴーヤの苦味もいいものだと思えるようになってきて、沖縄料理に行ったときは一応ゴーヤチャンプルを食べるくらいには好きになってきた。

そして三十代。
スーパーでゴーヤを見たらつい買ってチャンプルだったりおひたしにしてめちゃくちゃ食べちゃう。
今日もセブンイレブンで「ゴーヤとツナのサラダ」という商品が売っているのを見て、そこから記憶がないが気づいたら食べていた。

そう、それほどまでに、これまでの人生で今が一番ゴーヤが好きだ。

「もしかして!」と思って孔子の『論語』を調べたが、何歳でゴーヤが美味しくなるかは書いてなかった。あるいは「五十にして天命を知る」の天命が「ゴーヤが美味しい」かもしれない。
だとしたら私は早熟だ。

念のためエレファントカシマシの『俺たちの明日』の歌詞を調べたが、

10代 憎しみと愛入り混じった目で世間を罵り
20代 悲しみを知って目を背けたくって町を彷徨い歩き
30代 愛する人のためのこの命だってことに
あぁ気づいたな

だった。
ゴーヤのことは語ってないけど、強烈に良い歌詞だった。

さて、昨日農協の直売所でゴーヤ買ったし、帰ったらゴーヤのサラダ作ってみよっかな。

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