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ひとの考えは様々

・・・なのだなぁと思うことが最近あった。

まず、このところ世間を賑わせている例の誤送金問題。
ここに至った経緯は今回は横に置いておく。
驚くのは、少なからずこのように考える人がいることだ。

役場が誤送金しなかったら、この男性(既に容疑者)も使いこんだりすることなく、犯罪者にならずに済んだ、可哀想というもの。
はぁ?一体何を言っているのか?と思う。
役場の返金要求を銀行の前まで行って拒み、一時的にせよ行方をくらまし、2週間ほどかけてほぼすべてをオンラインカジノですった男である。
そのどこが可哀想なのか?
性犯罪の被害に遭った女性に対し、ミニスカートを履いていたのが悪いというオッサンみたいな感覚だ。
あなたの頭の中が可哀想だと言いたい。寝言は寝て言えレベル。
もし、このように考える方とは私はおつきあいを御免被る。

もうひとつは、キャンプ場で行方不明になった女の子の事件。(もしくは事故かも知れない)
表に出てくるのが母親だけなのがおかしい、父親は何をしているのか?と言ったひとがいた。
これだけ世間を騒がせて、多くのボランティアや捜査員に苦労をかけたのだから、出てきてお詫びをするべきというのだ。
これまた、はぁ?と思った。
被害者の家族なのだ。しかも、残念ながら生きて帰るという望みは完全に断たれてしまった。世間にお詫びする必要がある?
というか、世間ってなに?
私個人的には詫びていただかなくてもまったく結構だ。こんなことになってお気の毒という感想しか持たない。

子供を一人にするべきではなかった。それはそう思う。
アメリカでは犯罪になる。それはその通りで、州によっては子供だけで家で留守番をさせるのも犯罪になることは知っている。
ただ、それはその家族も痛いほど感じているはず。
水に落ちた犬を叩くがごとく、そうやって被害者やその家族を叩くのはいかがなものなのだろうか。

誤送金問題もそうだが、役場は被害者だ。
ミスは犯したが、それは犯罪ではない。
叩くのは簡単だし、自分が偉くなったような気持になって楽しいのかも知れないが、それで事件は解決しないし、私は気分が悪い。

このような考え方を持つひとと仲良くはなれないので、おつきあいは御免被る。(大切なことなので二度言いました)

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