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怪人・電車の正拳突きおじさん

だいぶ前の話になる。


電車に乗っていた時に、私は車両の一番端にあるドアの脇に立っていた。確保した場所の裏には座席が無く、50cm程度の壁とその横に大きな窓だけが設けられている「車椅子スペース」が設置されていた。


 昼間だからか、車内は座席がギリギリ埋まる程度の乗車率で、車椅子スペースの周辺には私以外誰も立っていなかった。


 そんな長閑な乗車率の電車が、利用者の多い駅に着いた時である。人だかりに紛れて、一人のイカツいおじさんが乗り込んできたのだ。ただ、特に機嫌が悪そうな雰囲気もなく、ガタイが良いだけで危険人物のようには見えなかった。その時である。


 私の両腕が軽く後ろから掴まれ、一歩ドアの中央側に押し出されたのだ。さすがのことに驚いてしまったが、特に危害が加えられるわけではない。至って優しいタッチだった。こんな空いてる車内で、私が邪魔だったのだろうか。


 振り返ると車椅子スペースの壁と対峙しているおじさんがいた。先程、私を退けたその腕は、両サイドにピッチリと付けられており、気を付けの姿勢をしている。一体どういうことだ。


すると、おもむろに左腕を前に突き出した。何秒かの沈黙の後、「フンヌッッッッッッッ!!!!」という洩れ出た声と共に、左腕を勢いよく引き寄せ、強烈な右正拳突きを電車にお見舞いさせたのである。



 まるで薄いトタン屋根の上にカラスが乗った時のような、「バンッ!!」という大きな音が鳴った。周りの人はただ呆然としている。おじさんは暴れるのかと思ったが、そのまま静止しており、水を打ったような静けさの中に、ただ、おじさんの正拳突きの音が響いた。


 迷惑行為には変わりないのだが、拍手をしたくなりそうなほど綺麗な正拳突きを電車にお見舞いさせた後、何事も無かったかのように、次の駅で降りた。彼は一体何がしたかったのだろう。



(完)


今回は箸休め回の短文です。あまり乗らない路線での遭遇だったので、後にも先にもこの人以外目撃してないのですが、正拳突きおじさんを見たことある方はコメント欄などで、是非お話をお聞かせください。個人的な興味です。

 noteで公認されているイラスト借用制度を利用して、ヘッダーをお借りしました。こんなエッセイとも呼べない短文に使ってしまい申し訳ないです。ありがとうございます。


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