左利きの彼女

「あー、左利きだったら今頃なにしてたんだろうなぁ。」右利きの彼女がそう呟いた。「わからないよ、そんなの。」と、僕が答える。「なにそれ。」そういうと、ベンチから腰を上げ、身を隠すようにひっそりとベンチの下に置かれた、サッカーボールを滑り台の上から転がした。おそらく昼間に子供たちが忘れていったのだろう。何をしても文句を言う人がいない、たかが3つの街灯が照らすこの小さな公園は彼女だけのステージとも言えた。

「みて!蠍座!あんなおっきい蠍に刺されたら、パンパンに腫れて今来てる服が着られなくなるね!」飽きたのかボールとはきまずい距離感がたもたれている。「そんなんですまないでしょ。」なんて事ない男女のやりとりだ。いや、なんて事ないわけではないか。彼女は少し変わっている。人とは見えてる景色が違うっていうか、彼女にしか聞こえない音があるのか、はたまた、そう遠くない例えばもぐらが空を飛んでたり、信号が「茶色、紫、オレンジ」みたいな少しズレた地球にと似た星から来たのか、とにかく彼女の感性は独特だった。僕はそういったところに惚れたわけだけど。

「ねね、あしたさ海行かない?」再び、ベンチに座るとサラサラとした髪を耳にかきあげて彼女は言った。「あした?別にいいけど、あしたはバイトじゃないの?」「大丈夫。店長にはもういってあるから」「勝手だなあ。」いつもこんな調子だ。彼女の突拍子もない言動になんど振り回されてきたことか。きっと、僕だけじゃないんだろうけど、彼女が変わらないってことは誰も注意していないんだと思う。

「そろそろ帰ろうか。」僕がいうと彼女はふっと立ち上がって、まるで威嚇するかのように目一杯開いた右手を僕に差し出した。「左利きだったら今頃何してたんだろうなぁ。」「今と変わらなかったかもね。」開かれた右手とは、正反対に小さく縮こまった左手を握り、公園を出た。いつもとは逆に反対車線を歩いて家に向かった。

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