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光害関連ニュースまとめ 2024年8月

2024年8月の光害関連ニュースです。

Make Friends, Not Enemies. 8月に南アフリカで開催されていた国際天文学連合のワークショップで紹介されていた言葉です。暗い夜空や電波観測のしやすい環境を守るためには、照明や電波を発射する機器の使い方に制限を加える必要があることがあります。戦わなくてはいけない場面もありますが、できればそうした環境を保全することの価値を相手方にも理解してもらって、お互いに納得して前に進みたいものです。敵対するのではなく、落としどころを一緒に見つけられる関係性を作ること。きれいごとではあるんですが、これが天文観測環境保護にとって大切な心掛けかなと思います。


地上の光害に関するニュース

夜の照明で街の木が昆虫の好まない硬い葉に、生態系に影響の恐れ

2024年8月13日にナショナルジオグラフィックに掲載された記事。Frontiers in Plant Scienceという論文誌に8月5日付で掲載された論文"Artificial light at night decreases leaf herbivory in typical urban areas"を紹介しています。

街灯の光が一晩中当たる場所にある植物の葉が固くなっていて、昆虫が食べるのには適さない状態になっている、という報告です。しかも、明るさと硬さには相関があるとのこと。植物は昆虫や鳥などの餌となるため、生態系の基盤と言っていいでしょう。それが人工光の光の影響を受けてしまうと、生態系全体が影響を受けることになってしまいます。
論文では、北京市内のいくつかの場所で2種類の植物の葉を採取して、葉の大きさや硬さ、炭素や酸素、リンの含有量、さらには虫食いの割合などを測定しています。併せて、葉の採取場所の明るさも測定しています。周辺の照明は高圧ナトリウムランプだそうです。分析の結果、明るさと葉の硬さには正の相関があり、明るさと虫食いの割合には負の相関(明るいほど虫食いが少ない)がありました。明るい場所では葉が硬くなって虫が食べにくいものになっている、という解釈をこの論文の著者たちはしています。明るい場所では天敵に見つかりやすいでしょうから、虫たちもわざわざそんな場所で食事をしたくないかもしれません。その可能性について、論文では一言だけ触れられています。葉っぱが硬くなったから虫が食べないのか、あるいは明るいから虫が食べないのかはわかりませんが、いずれにしても人工光の強い場所で虫の行動が変わっていることは確か。複雑な生態系に対して人工光がどんな影響を与えてしまうのか、まだまだ知見を積み重ねていく必要はありそうです。

ニュージーランド政府観光局、「星降る夜の晩餐会」を開催

2024年8月20日付でニュージーランド政府観光局が発表したプレスリリースです。ニュージーランド南島の中心近くにあるテカポは星空のきれいな場所として有名で、アストロツーリズムも盛んです。ニュージーランドにはダークスカイ・インターナショナルが認定した「星空保護区」が7か所あり、国全体としても「星空保護国」を目指しているとのこと。国全体として夜間の人工光を抑えていく方針ということですね。いつか行って星空を見てみたい場所でもあります。


八重山毎日新聞 不連続線

2024年8月23日付で八重山毎日新聞のコラム「不連続線」に掲載された記事。老舗ホテルである石垣島ビーチホテルサンシャインが取り組む環境保全についての話題で、特に光害防止には力を入れているとのこと。ホテル全体の照明計画をきちんと策定して、暗い夜空を守ったうえでそれを観光に活かすという好循環を目指しているようです。リゾートホテルと言えば煌々と明かりをつける所もありますが、別に明るいホテルはどこにでもあるのですよね。ホテルの立地を最大限に生かして、「そこでしかできない体験」として暗い星空を楽しんでもらう方針はたいへん素晴らしいものだと思います。

国頭村森林公園で「星空ツアー」 オリジナル星座「やんばるくいな座」観察も

2024年8月29日付でやんばる経済新聞に掲載された記事。もう一つ沖縄から暗い夜空を守って観光資源とするアストロツーリズムの話題。このnoteでもたびたび登場する、星空保護区を目指す沖縄本島最北端の国頭村の取り組みです。今回のツアーは観光客だけでなく地元の方たちも参加したそうです。星空保護区の実現には、地域ぐるみで星空を守ることが欠かせません。地元の方と暗い夜空の価値を共有するためにも、観光客と地元住民が一緒にツアーに参加するのは意義が大きいですね。

魚眼レンズを使った夜空の明るさ測定カメラとその較正

2024年8月28日付で天文学専門誌"Publications of the Astronomical Society of the Pacific"に掲載された論文が紹介されています。魚眼レンズを使って夜空の明るさを測定するカメラシステムについての論文です。このシステムは市販品を組み合わせたものですが、明るさの較正が難しいという欠点を補うためのツールを使っているとのこと。これによって精度は0.12等級まで向上しているそうです。面白いのは、著者は天文学者ではなくアメリカ合衆国国立公園局の"Natural Sounds and Night Skies Division"所属だということ。音や夜空の明るさは国立公園で暮らす様々な動植物に影響を与えるでしょうから、その調査を担当する部門がきちんと設置されているんですね。


天文学と衛星コンステレーションに関するニュース


危機に瀕する暗い夜空、天文学者たちが保護に乗り出す

2024年8月20日付でIFL Scienceに掲載された記事。8月上旬に開催された国際天文学連合の総会で、人工衛星から「暗く電波静穏な空」を保護するための決議が採択されたことを伝えています。

記事では、「地上の光害が天文学に影響を与えることは明らかで社会における認知も進んでいるが、光害が生物多様性や文化に与える影響についてはコミュニケーションが難しい」というダークスカイ・ケニアのSamyukta Manikuma氏のコメントが紹介されています。メカニズムが複雑なものもありますし、各地で育まれてきた文化と夜空の関係は確かに言葉にしにくいものもあるでしょう。

ここ数年で起きている問題として、衛星による光害も紹介されています。2024年6月時点で11,780機の人工衛星が飛んでおり、そのうち6050機がスターリンクです。記事では複数の天文関係者にインタビューしていますが、いずれも衛星のメリットは認めつつ天文学への影響を懸念していること、現時点では衛星事業者がとても協力的だが1対1の関係であり規制の枠組みがないこと、をコメントしています。私も衛星コンステレーションについての取材を受けたときには同じような趣旨の回答をします。もちろん規制を作ることは簡単ではありません。自由に伸びていくビジネスに歯止めをかける可能性がありますので。国際的な枠組みを作るには、いかに賛同者を増やしていくか、そしてそれをいろんな国の公的な見解として出していけるか、が鍵を握ります。

ASTスペースモバイルの本番機、BlueBird

2024年8月5日付でspacenews.comに掲載された記事。携帯電話と人工衛星の直接通信を目指すアメリカの通信企業ASTスペースモバイル。現在は試験機BlueWalker 3を運用中です。このニュースでは、本番機BlueBirdが5機完成し、その運用についてアメリカの連邦通信委員会から一部認可を受けたことを伝えています。

BlueBirdシリーズは、当初は24m四方のアンテナを持つという超巨大衛星が計画されていましたが、少なくとも最初の5機は試験機と同じく8m四方となるようです。記事では「追加で243基の衛星を配備・運用するよう求めた件について判断を先送りした。」とありますので、衛星の総数についてもある程度見えてきましたね。気になるのは反射光の明るさです。BlueWalker 3は打ち上げ直後に1等星並みに見えると話題になりましたが、オペレーションで工夫しているのか、最近では2等以下になっているという報告もあります。衛星数はスターリンクより1桁以上少ないので、望遠鏡の視野に入り込んでしまう確率はずっと小さくなります。観測天文学としては「どこ向けても衛星がいる」ほうが厄介ではあるのですが、明るいASTスペースモバイルの衛星が今後反射光対策をどれくらい取ってくれるのかも気になります。

欧州宇宙機関の新しいスペースデブリ軽減政策

ニュースというわけではないのですが、欧州宇宙機関ESAの新しいスペースデブリ軽減政策(Space Debris Mitigation Policy)に天文学への言及があったのでメモ代わりに言及しておきます。Space Debris Mitigation Requirementsの目的(Scope)には"Minimise impact on astronomy"が含まれており、要求項目として宇宙機の設計時に明るさを数値化しておくこと、反射光軽減のための設計や運用を行うこと、国際電気通信連合の無線通信規則等に従って電波天文学を保護すること、天文学への影響軽減策に資する情報(明るさや軌道情報等)を公開すること、などが書かれています。欧州は国際組織である欧州南天天文台(European Southern Observatory, ESO)やSquare Kilometer Array Organization(SKAO)などに強力な観測環境保護担当者がいて、彼らの活躍も大きいのです。上のIFL Scienceに掲載された記事でもインタビューを受けているESOの渉外担当Andrew Williamsは前職がNATOだったりして、この分野への力の入れようがわかります。

米国上院にDark and Quiet Skies法が提出される

2024年8月5付で米国上院のウェブサイトに記載された記事。コロラド州選出の民主党ジョン・ヒッケンルーパー上院議員とアイダホ州選出の共和党マイク・クレイポー上院議員は、意図しない光や電波の干渉から夜空を守るための法案”Dark and Quiet Skies Act”を提出したそうです。この法案では、アメリカ国立標準技術研究所 (National Institute of Standards and Technology, NIST) に衛星からの光害と電波障害を防ぐための組織を設立し、天文学への影響や影響回避策の研究を行うとのこと。審議の結果が出ていないのでまだ成立したわけではないと思いますが、法律として定めるのは画期的です。これも、アメリカの関係者の強力なロビイングの結果なのでしょうね。連邦予算をたくさん費やして建設・運用されている望遠鏡の観測効率が衛星のせいで落ちてしまうことは、税金の有効利用という観点でも望ましくはありません。spacenews.comにもこの件は取り上げられています。審議の行方が気になります。

スターリンク新型衛星も「光害」、天文学者が影響を懸念–スマホと直接通信

2024年8月8日にUchuBizに掲載された記事。SpaceX社の携帯電話と直接通信できるタイプのスターリンク衛星が従来のスターリンクより5倍くらい明るいことが報じられています。同じ観測報告についてはこのnoteでも取り上げましたので、詳しくは以下をどうぞ。

衛星による天文学への影響軽減プロジェクトに75万ドルの助成金

2024年8月8日に国際天文学連合のニュースとして公表された記事。国際天文学連合には衛星コンステレーションの影響から天文学を守るためのセンター(Centre for the Protection of the Dark and Quiet Sky from Satellite Constellation Interference, CPS)が設置されていますが、このCPSが全米科学財団(NSF)から75万ドルの資金を得たことを伝えています。これにより、人工衛星がいつどこをどんな明るさで通過するかを正確に予測するソフトウェアが開発されます。さらに、チリに建設中のVera C. Rubin天文台の超広視野モニタリング観測への影響軽減策も取られるとのこと。衛星を暗くしてもらうことは重要ですが、天文学の側もできるだけ影響の少ない(衛星の少ない)天域をリアルタイムに選んで観測する時代が来ることになります。

環境影響評価のために衛星メガコンステレーションの打ち上げ中止を求める請願書

2024年8月15日にspace.comに掲載された記事。米国の非営利団体が連邦通信委員会に衛星メガコンステレーションの打ち上げ差し止めを求める請願書を提出したとのこと。地球周回低軌道を回る衛星は廃棄されるときには大気圏に突入させるわけですが、その数が膨大になると、衛星の機体に含まれるアルミニウムなどが大気中に飛散し、オゾン層に影響があるのではないかと懸念されています。こうした研究は始まったばかりで、現在も続いている衛星コンステレーションの打ち上げではこうした環境への影響は評価されていません。このため、いったん足を止めて環境評価をするべきではないかという主張です。米国の政府機関は国家環境政策法 (National Environmental Policy Act) を守る必要がありますが、衛星打ち上げの認可にあたってはこれが免除されています。2022年には米国の会計検査院がこの免除については見直しが必要と提起していますので、今後は何らかの議論が起きるかもしれません。が、その間も衛星はどんどん増えていきます。いったん立ち止まるべきではないか、というこの団体の主張には同意できるところもあります。

中国版スターリンク「千帆星座」、最初の衛星が打ち上げ成功 - 将来は1万5000機に

2024年8月28日にマイナビニュースに掲載された記事。中国版スターリンクともいわれる千帆星座(Thousand Sails)の最初の打ち上げが8月6日に実施されました。この計画は以前は"G60"という名前で呼ばれていたものです。衛星はスターリンクにそっくりの平らな機体をしているようで、今回打ち上げられたものは高度800 kmの極軌道に投入されました。一般的なスターリンクよりも少し軌道が高いですね。早速地上から観測した結果も出ていて、4~6等級とのこと。暗い空なら肉眼で見える明るさです。今後どんなペースで打ち上がり、どれくらいの明るさで見えるようになるのか、注目しなくてはいけません。

電波天文学の観測環境に関するニュース

短いお昼寝?EarthCAREが守る天文観測の秘密

2024年8月6日にJAXA第一宇宙技術部門のYouTubeチャンネル「JAXAサテナビチャンネル」で公開された動画です。EarthCAREは日欧が協力して開発した地球観測衛星で、日本が開発した雲プロファイリングレーダ (CPR) など4つの観測装置を搭載して雲やエアロゾルの観測を行います。

このCPR、94 GHzの電波を地球に向けて放射して、その反射から雲の様子を調べることになっています。この周波数帯は、実は野辺山45m電波望遠鏡やチリのアルマ望遠鏡をはじめ、多くの電波望遠鏡の観測周波数帯と重なります。レーダーの強い電波が電波望遠鏡に直接入ってしまうと、最悪の場合は電波望遠鏡の受信機が壊れてしまいます。そんなことが起きないように、電波天文台の上空をEarthCAREが通過するときは短時間だけ電波を出さない「お昼寝」モードになります。この動画はその仕組みをわかりやすく紹介しています。この「お昼寝」については、国際天文学連合などが設立した「電波天文学と宇宙科学のための周波数割り当てに関する科学委員会(Scientific Committee on Frequency Allocations for Radio Astronomy and Space Science, IUCAF)」と欧州宇宙機関が協定を結んで実現しています。限りある周波数を有効に、かつお互いに邪魔せず一緒に使うために、こうした取り決めはとても重要です。

NASA「宇宙太陽光発電のことは忘れるべき」?

2024年8月5日にPhysics Worldに掲載された記事。地球周回軌道上に巨大な太陽光発電所を作り、作った電気をマイクロ波に変換して地上に送る「宇宙太陽光発電」。SFのような話ですが、技術的な検討は日本でもアメリカでも行われています。マイクロ波に変換して送電するときの損失が大きく、宇宙太陽光発電所もとんでもなく大きなものを作る必要があるので、いまのところはあまり現実味があるようには思えませんが、NASAも経済的に見て現実的でないとするレポートを公表したそうです。想定したのは出力2GW(ギガワット)のシステムですが、地上に作ったほうが割安で、単位電力あたりのライフサイクルコストでは宇宙太陽光発電のほうが12倍から80倍にも高コストになるとのこと。打ち上げコストはSpaceXの活躍で多少下がっているでしょうが、やはり打ち上げないといけない物量が非常に大きいことがネックになります。
衛星から地上に大電力のマイクロ波が送られると、それは電波望遠鏡への有害な干渉になってしまう可能性もあります。ですので、電波天文学者はこのアイディアの推移に注目しています。

米国国立電波天文台に対するスターリンク衛星の干渉軽減策

https://iopscience.iop.org/article/10.3847/2041-8213/ad6b24

2024年8月19日に天文学専門誌The Astrophysical Journalに掲載された論文です。米国国立電波天文台 (NRAO) とSpaceXが協力して、スターリンク衛星が電波望遠鏡に悪影響を与えないような運用を工夫した実験の結果が報告されています。実験では、口径100mのグリーンバンク電波望遠鏡の視野の近くを通るスターリンク衛星のダウンリンク信号を一時的に別の方向に向ける(あるいはカットする)ことで、電波望遠鏡に入り込む干渉電波の強度を測定しています。実験の結果、完全に干渉電波がなくなるわけではないが有効性は示せたという報告になっています。SpaceXのXのポストでも紹介されていますし、NRAOもニュース記事を出しています。

こうした実験をもとにNRAOとSpaceXは、望遠鏡が向いている方向と観測周波数をリアルタイムに共有し、望遠鏡の視野に近づく衛星が出す電波を制御する仕組みを作ろうとしています。お互いの協力によって最も影響が大きい事象(望遠鏡と衛星アンテナが対向する)を避けようとするもので、効果がありそうというのは朗報です。ただしこれだけですべてが解決するわけではありません。電波望遠鏡も衛星のアンテナも、正面以外の方向から回り込んでくる電波にも感度を持ってしまうので、互いに向き合わなくても干渉電波が入り込むことがあります。また、今回の取り組みはあくまでNRAOとSpaceXの1対1の関係です。たくさんの電波望遠鏡とたくさんの衛星事業者が存在する現状に鑑みると、よりきちんとした調整の枠組みが必要でしょう。


スターリンクが電波静穏地帯にもやってくる

https://www.pcmag.com/news/starlink-is-coming-to-radio-quiet-zones-in-the-us

2024年8月12日にpcmagに掲載された記事。上記のように、電波望遠鏡とスターリンク衛星の共存の方法が見つかったので、これまでは電波望遠鏡による観測に影響を与えないようにサービスエリア外としていた場所でもスターリンクが使えるようになる、という内容です。しかし上記の通り、電波望遠鏡が横を向いていたとしても、そこに衛星からの電波がやってくると電波望遠鏡に入ってしまって観測のノイズになってしまう可能性はあります。そのノイズが許容範囲なのかどうか情報がありませんが、問題が完全に解決したわけではないということは覚えていてもよいと思います。


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