夜空の明るさ世界地図:The new world atlas of artificial night sky brightness (Science Advances, 2016)
世界の夜空はどれくらい明るいのか。これを調べた論文を今回は紹介します。人工衛星による上からの夜間光の観測と、地上からの空の明るさの測定、大気のモデリングなどを通して、いくつかの仮定はありながらも地球全体の夜空の明るさを推定し、地図に落とし込んでいます。日本では7割、欧州では6割、北米では8割が天の川の見えない場所に住んでいるという推定が環境省の光害対策ガイドライン(令和3年3月改訂版)に掲載されていますが、その出典はこの論文です。
文献:The new world atlas of artificial night sky brightness
著者:Fabio Falchi, Pierantonio Cinzano, Dan Duriscoe, Christopher C. M. Kyba, Christopher D. Elvidge, Kimberly Baugh, Boris A. Portnov, Nataliya A. Rybnikova, and Riccardo Furgoni
出版誌:Science Advances (Open Access, CC BY-NC)
出版日:2016年6月10日
地球全体で夜空の明るさを推定する
夜空の明るさを各地で測れればそれがベストですが、地球全体で統一的にこれを測ることは至難の業で、実際には限られた場所の測定データしかありません。この測定データをもとに、全地球の夜空の明るさを推定したのがこの論文です。
人工衛星を使えば簡単に測れそうですが、そう単純ではありません。人工衛星に届くのは「地上の光源から宇宙に届いてしまった光」ですが、光害の指標となる、地上から見える夜空の明るさは「地上に出て、空で散乱している(=人工衛星に届かない)光」の量ですので、人工衛星の観測データそのものではありません。ですので、この論文では全球の空の明るさを推定するために、以下のステップを踏みます(私の理解が間違ってたらご指摘を)。
SQM (Sky Quality Meter)を使って世界の色々な場所で測定された空の明るさのデータを収集する(約2万件のデータから、適宜平準化して約1万件の有用なデータを生成)。 1万個のデータが取得された地点・時刻をもとに、天の川や黄道光、大気光など自然由来の成分を引き算することで、各地の「人工光による空の明るさ」を計算。
各地の「人工光による空の明るさ」データに合致するように、「上方放射関数 upward emission function」を計算。これは例えば、地上の1点から100の光が出たときにどの方向にどれだけの光が飛んでいくか、を表現する関数。
人工衛星(Suomi National Polar-orbiting Partnership (Suomi NPP) 衛星)に搭載されたVIIRS DNBセンサの観測データから、曇りの日や月が明るい日のデータ、オーロラの光などを除去し平均的な全地球の人工光マップを作成。
衛星観測から作った人工光マップにupward emission functionを掛け合わせて、全地球の空の明るさマップを作製。
夜空の明るさ世界地図
こうして作られたのが、以下の地図です。
細かく見たい方にはlightpollutionmap.infoをお勧めします。右上のメニューの"Map Layers"の"Overlay"プルダウンメニューから"World Atlas 2015"を選択すると、この論文で作られた図が出てきます。例えば日本付近をクローズアップすると以下の通り。lightpollutionmapは大変多機能でいろいろ見ると面白いので、詳しくはまた改めて紹介します。
なお、注意点としては、
Suomi NPPは、各地の午前1時30分ごろに上空を通過している。0時を超えると街明かりは暗くなる場合があるので、前半夜はこのマップよりも光害が強いかもしれない。
Suomi NPPのVIIRS DNBセンサは観測波長域が500~900nmなので、青や紫色に感度がない一方、目に見えない近赤外線に感度がある。このため青色光が多く含まれる白色LEDの寄与を正確にとらえられず、色温度の低い照明(ナトリウムランプなど)からLEDに交換すると、マップ上では明るさを過小評価する可能性がある。逆に、火口など赤外線が強いところは空の明るさを過大に出してしまう(例:ハワイ島のキラウエア)。
他に誤差を生む要因になるのは、積雪、照明の慣習、一般的でない照明(温室照明、集魚灯など)、灯火管制、一時的な照明など。
衛星観測データに11月・12月の観測分が含まれる。地面に積雪していると空への反射光が強くなるので、雪がないときよりも光害を過大評価している可能性がある。道が雪をかぶっていると、1.3-2.6倍の空の明るさの増加がある(Falchi 2011)。
夜空の明るさはcd(カンデラ)/m^2単位で書きます。この論文では、人工光の明るさをもとにいくつかのレベルに分類されています。
lightpollutionmapによれば人工光の明るさは新宿で11.3 mcd/m^2、国立天文台三鷹で 4.2mcd/m^2、仙台が3.7 mcd/m^2と、暗順応できない空です。暗いほうでは、岡山県の美星天文台で93µcd/m^2、長野県・阿智村で62 µcd/m^2、鳥取県のさじアストロパークで30 µcd/m^2。日本でpristine skyレベルになるのはごくごく限られた場所しかありません(国土全体の0.1%)。
夜空の明るさ世界地図から読み解ける世界
地図情報になりましたので、明るい夜空の下にどれくらいの人がいるのかがわかります。論文で紹介されている代表的なところで言えば
世界人口の83%、米国の人工の99.7%、欧州の人口の99%は、光害のある夜空(人工光>14 µcd/m^2)の下にいる。日本は99.9%。
世界人口の1/3以上、欧州で6割、北米で8割近く、日本で7割が天の川が見えないところに住んでいる。
光害が最も軽いのは、チャド、中央アフリカ、マダガスカル。人口の3/4以上が「手つかずの空」の下にいる。
光害が最もひどいのはシンガポールで、全国民が暗順応できない環境(>3 mcd/m^2)にいる。
天の川が見えない人口比率が100%なのは、シンガポール、サンマリノ、クエート、カタール、マルタ。UAEでは99%、イスラエルでは98%、エジプトでは97%が見えない。
国土面積で天の川が見えない割合が高いのはシンガポール、サンマリノ(100%)、マルタ(89%)。
G20の中で最も明るい夜空(>3 mcd/m^2)の下にいる人口が多いのはサウジアラビアと韓国。逆に最も少ないのはドイツ。(下図参照)
サウジアラビアってそんなに光害がきついのかとか、インドでは8割もの人が天の川を見られる環境にいるのかとか、いろいろと発見があります。都市への人口集中度が大きく関係してくるようです。
日本では7割の人が天の川が見えない場所(人工光>688µcd/m^2)に住んでいると推定されていますが、面積で言えば天の川が見えない場所はわずかに7%とされています。つまり、普段住んでいる街では見えないけれど、街を外れれば天の川が見える場所が結構広がっている、とも言えます。
結論
論文の結論の章には、以下のような文章がありました。
人類は地球を光のもやで覆ってしまい、自分たちの住む銀河を見る機会をとんどの人から奪ってしまっている、と。人が街に住むうえでどうしても消せない光もありますが、しっかり対策をしたら天の川が見えるエリアはどれくらい広がるのでしょうか。新宿で天の川を、とまでは言いませんが、少しでも天の川に親しめる場所が増えるといいですよね。
なお、この論文はクリエイティブ・コモンズライセンス(表示・非営利)で公開されているので、要約・和訳の掲載も問題ないと判断しています。
noteに表を埋め込む際、以下の記事を参照しました。githubと連携とは。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?