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真におぞましいのは「匿名」ではなくメディア環境による「圧力」では?というお話

 個人的には、東京オリンピック・パラリンピックの開催の是非について、特に意見はないのだけど、競泳の池江璃花子選手のツイートの件に関しては、ネットメディアでお仕事している身として、ざざっと所感を記しておきたいと思う。

 自分は気づいていなかったのだけど、この池江選手のツイートに関して、五輪開催派の仕込みを疑う声があった。確かに、ツイートから各メディアに掲載されるまで1~2時間以内に記事が出ているが、スポーツ選手に限らず有名人のツイートから記事にするのにかかる時間を考えれば違和感ない。例えばBuzzfeedの記事なら、執筆から編集・配信設定・公開まで自分なら15~20分前後で出せる分量だ。

 この有名人のツイートから記事にするスピード感が「事前に知られているのでは?」という疑惑を巻き起こしているのだが、実際にツイートをする情報提供があった可能性はほぼないと思う。問題は、アスリートに対して五輪についての見解を求めるような空気を醸成しているメディア環境の方だろう。これに関しては、既に指摘するエントリーが上がっていて、ほぼ同感なのでこれ以上は触れない。

 個人的にカチンと来たのは、池江選手について日刊スポーツの水泳担当記者が『池江璃花子に「苦しいです」と言わせた おぞましい匿名の圧力』と題した記事を、Yahoo!ニュースがトピックスに上げていたこと。

 まず「匿名の圧力」とあるが、池江選手のTwitterやInstagramのリプライには実名らしきアカウントも含まれているので、「圧力」は「無名」の人々からのクソリプが無数に送られていると見るのが妥当だ。そこを「匿名」としたあたりに、記者の偏見が垣間見えるし、超速でトピックスに上がったあたりYahoo!ニュース編集チームもそうなのだろう。

 言うまでもなく、一選手に五輪開催を左右する力があるわけではなく、選手たちに何らかのコメントを求めること自体が筋違いだ。だが、実際に各メディアの記者が「五輪の開催の是非」について質問をしているケースが多い中で「SNSで一般人がやってはダメなのか?」という問題も出てくる。個人的に「五輪中止の声を上げてくれ」という要求をするのは行き過ぎだけど、「あなたはどう考えているのですか?」と聞くことに関して、「圧力」とは言えないように感じる。とはいえ、アスリートは競技に集中する環境を整える必要があり、雑音をシャットアウトした方が望ましい。なので、クソリプが殺到したことで池江選手にリアクションのツイートをさせるというマネジメントは、最悪手のように思える。ツイートはリプ制限をする運用にすべきだし、Instagramのメッセなんて全スルーでいいでしょ?

 「SNSの匿名の誹謗中傷」に関しては、昨年のプロレスラー木村花選手の自殺により、対策の機運が高まった。だが、メディアの立場からしてみれば、『テラスハウス』の内容を伝える記事が彼女に対して負の感情を増幅させていた面がある。それを「ネットで話題」として伝えるケースもあった。ある意味で情報流通のあり方が招いた悲劇だと捉えることができるだろう。

 今回の日刊スポーツの記事では、「匿名」による「誹謗中傷」どころか意見を投げることまで「圧力」として、さも「悪」なように誘導する内容だ。前述のように選手個人に立場の旗幟を明らかにするように求めることは、「答えようのない立場」の人を追い詰める行為に思える。だが、そういったクソリプが送れるようになっているのは、ネットのサービスの使い方の問題だし、五輪開催の是非について意見を求めるのはメディア環境が醸成する空気の問題だ。

 また、スポーツ紙はこれまで選手やタレントのSNSをもとに寄せられたコメントを絡めた記事を量産しているし、Yahoo!ニュースもコメントを増やしてPVを稼ぐビジネスモデルだ。つまりクソリプで商売しているわけで、「匿名の圧力」とやらを問題視しているならば、SNSをもとに記事化する内容についてもっと考えるべきだし、Yahoo!ニュースもさっさとコメントを廃止すべきだろう。できるものなら是非やってみて頂きたい。

 自分自身、「ネットで話題」といった記事をさんざん書いてきた身ではあるので、最近の「こたつ記事」に関しての是非には言いたいことが山程ある。また、ネットにおける「実名・匿名」問題に関しても2004年前後のブログ黎明期からさんざん議論されてきたことでもあり、「またかよ」とうんざりとした気持ちになる。それ以上に、「言いたいことを言えない」ような空気をメディア環境が醸成していることが、閉塞感をもたらせているようにも思う。これらに関しては、それぞれ別の機会を設けて考えていきたい。



 

 

 

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