言霊よもやま話 【特別編】 〈祭るものと祭られる者〉 其の二
原典:『世界維新への進発』(小笠原孝次 著)
編集:新谷 喜輪子 / 監修:杉山 彰
五十音を以て文明の指導原理とした姿が、 天津太祝詞、八咫鏡である
言葉は最も抽象的であり、すなわち最も形而上的なものであると同時に最も現実的な実存(エグジスタンス)である(ハイデッガー)。「有名は萬物の母」(老子)であって言葉こそ事物の実体である。その言葉即ち人間の音声そのものと、内面に存在する精神宇宙の道理(ロゴス)を裏合(うらあ)えまかなわして一致せしめ、簡潔な五十音に整理して、音声がそのまま生命の道理である時、も早や哲学的な概念も宗教上の信条(ドグマ)も不必要である。種智と云われるその言葉即ロゴスは人間の種族(ホモサピエンス)がこの宇宙に生存する限り永久不滅、恆常不変である。斯の如きロゴス即五十音を基盤にして森羅萬象の名を組立てある古代日本語大和言葉は国語即真理そのものである神の国の言葉である。
ロゴス即生命意志、即言葉(ゲーテ「ファウスト」序幕)であるのが五十音言霊である。これを「生命の言の葉の誠の道」「敷(しき)(五十城(しき))島の道」と云う。この五十音ロゴスの組織と活用の形而上の殿堂が五十鈴宮であり、その五十音を以て文明の指導原理とした姿が天津太祝詞、八咫鏡である。またこれが生命の樹(アオウエイ)の葉(言葉)が繁茂しているエデンの園であり、阿弥陀仏の四十八願(四十八言霊)円満成就の世界である極楽国土の内幕である。そして此の五十鈴宮の荘厳の楽園浄土の構造を象徴黙示したものが内宮の神殿の建築様式であって、これを「唯一神明造り」と云う。ロゴスの数的表示である。むずかしい話しばかりでなく民謡を紹介する。この楽士の心を歌い伝えたものが伊勢音戸(おんど)のはやし言葉である。(武智時三郎氏の解釈による)
やあとこせ(善い所伊勢) よいやな(世弥成)
あらら(安楽楽) これわいせ(これは伊勢)
(つづく)
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【小笠原孝次(おがさわらこうじ)略歴】
1903年 東京都にて生誕。
1922年 東京商科大学(現在の一橋大学)にて、
吹田順助氏よりドイツ文学、ドイツ哲学を学ぶ。
1924年 一灯園の西田天香氏に師事し托鉢奉仕を学ぶ。
1932年 元海軍大佐、矢野祐太郎氏および矢野シン氏と共に
『神霊密書』(神霊正典)を編纂。
1933年 大本教の行者、西原敬昌氏の下、テレパシー、鎮魂の修業を行う。
1936年 陸軍少佐、山越明將氏が主催する秘密結社「明生会」の門下生となる。明治天皇、昭憲皇太后が宮中で研究していた「言霊学」について学ぶ。
1954年 「皇学研究所」を設立。
1961年 「日本開顕同盟」(発起人:葦津珍彦氏、岡本天明氏ほか)のメンバーとして活動。
1963年 「ヘブライ研究会」を設立。
1965年 「ヘブライ研究会」を「第三文明会」に発展。
1975年 「言霊学」の継承者となる七沢賢治(当時、大学院生)と出会う。
1981年 「布斗麻邇の法」を封印するため七沢賢治に「言霊神社」創設を命ずる。
七沢賢治との連盟で山梨県甲府市に「言霊神社」創設する。
1982年 79歳にて他界。
【著書】
『第三文明への通路』(第三文明会 1964年)
『無門関解義』(第三文明会 1967年)
『歎異抄講義』(第三文明会 1968年)
『言霊百神』(東洋館出版社 1969年)
『大祓祝詞講義』(第三文明会 1970年)
『世界維新への進発』(第三文明会 1975年)
『言霊精義』(第三文明会 1977年)
『言霊開眼』(第三文明会 1980年)
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